フランスの名門レストラン「レ クレイエール」の救世主
フランス・シャンパーニュ地方の都市ランスの街中にあって、敷地7ヘクタールの豊かな緑に囲まれたオーベルジュ。
「ボワイエ」と呼ばれて親しまれてきたレストラン「レ クレイエール」には、10年以上前になるが、1度だけ行ったことがある。
フランス料理界の巨匠、ジェラール・ボワイエ氏の片腕で、同レストランで1995年から9年間も三つ星を維持したティエリー・ヴォアザン氏が、東京・日比谷の帝国ホテル「レ・セゾン」に移ったのは2005年のこと。同ホテルの小林哲也社長(当時)と田中健一郎総料理長に見初められ、以来、「レ・セゾン」の顔として腕をふるっている。
「レ クレイエール」は、ボワイエ一族が経営から離れ、ヴォアザン氏もいなくなったことで、一時輝きを失っていた。ところが、2010年、フィリップ・ミル氏という新しいシェフを迎えることで、12年、メインダイニング「ル パルク」が2つ星を獲得。再び注目のレストランに返り咲いた。パリの「ル・プレ・カトラン」や「ムーリス」など名門レストランで
そのミル氏が来日し、先日帝国ホテルで5日間だけ特別メニューを提供するという機会に遭遇した。
最高の食材をふんだんに。美しすぎて…
どんな料理が並んだか、紹介しよう。
まず、シャンパーニュの「ドゥーツ」をマグナムからいただきながら、マグロのタルタルや生姜のババロアなどのアミューズ。
続いて、鴨のフォワグラとシャンパーニュ地方で造られる赤ワイン「コトー・シャンプノア」で風味付けしたジュレの組み合わせ。渦巻き状のものは、コンソメのゼリーを甘酸っぱく仕上げたリンゴで巻いていた。
魚料理は、ブルターニュ産のタラ。ナイフを入れると身が美しくほぐれ、鮮度の良さを物語っていた。貝とさくさくした食感のコールラビ、モリーユ茸が合わさり、オゼイユの独特の酸味がアクセントに。
肉料理は、ブレス産の鶏肉とフォワグラのミルフィユ仕立て。たっぷりのトリュフと、コーヒーで香りづけしたソースが味わいに深みを与えていた。ワインは、フレデリック・マニャンの「シャンボール・ミュジニー」(2007年)に。
とろりとしたスープ仕立てのイチゴとライムのソルベで口直しをしたら、鏡のように表面に艶のあるチョコレートのデザート。あまりに美しくて、食べるのがもったいなかった。
来日したシェフのフィリップ・ミル氏(39)に日本の印象などを聞いた。
――来日は何度目ですか?
「仕事では初めて。でもバカンスでは10回以上来ているかな。とても美しい国で、誰もが礼儀正しい。東京、京都、大阪、それぞれに雰囲気が違うし、自然に恵まれた地方都市もいい」
――今回の料理の特徴は?
「素材を生かすことを心がけた。基本はいつも作っている伝統的なフランス料理だけれど、量は少なめ、味つけは塩分を控えるなど若干軽めにした」
――料理人を志したのはなぜ?
「24時間耐久レースで知られるルマンの近くの出身。田舎なので、自宅の周りは食材の宝庫。幼い時から料理するのが好きだった」
――尊敬している料理人はいますか?
「フランス南西部バスク地方のビアリッツにある『オテル・デュ・パレ』のジャン・マリー・ゴーティエ氏。2009年にボギューズ国際料理コンクールで優勝した時の技術指導者でもあった。料理するにあたって、人に感謝し素材に感謝するといった姿勢に深く共感している」
「一つひとつの素材を尊重し、あらゆる人、ものに感謝の気持ちを捧げるというのが、私の料理哲学。それは日本人の心とつながるのではないでしょうか」
――そういえば、奥様は日本人だとか。
「私がパリのレストランにいた時、パティシエとして働いていた同僚です」
――和食についてどんな感想を?
「トンカツ、天ぷら、寿司。何でも試した。路地裏の小さな店に行っても、高級ホテルのダイニングに行っても、おいしい。それに、段取りがきちんとしていて、心地よい。素材の生かし方を見ていると、日本人がいかにあらゆるものに敬意を払っているかがよくわかる。だから、心に浸みる料理が生まれてくるのだろう」
――日本の食材で使ってみたいものは?
「日本の食材はエキゾチックで魅力的だ。でも、あえて今は使いたいものを挙げたくない。というのも、最近パリでは、日本の食材、たとえばユズなどを使うのがあまりに流行し過ぎていて、ちょっと残念に思っているからだ。鴨にもフォワグラにもユズを添えている。素材への敬意が薄らいでいるように、私には感じられる」
――フランスのレストランに日本人の料理人が増えています。どう感じていますか?
「仕事に対してまじめで正確。私の片腕の馬場君も日本人。もう7年間一緒に仕事している。様々な国、年齢、性別の人が集まってチームができるから面白いし、そうした多様性が大切だと思う」
――どんな料理人を目指しますか?
「このままの姿勢を保って、ずっと続けていきたい。それが、お客様をもてなし、尊重し、喜ばせることになる」
(読売新聞編集委員・永峰好美)