2013年11月アーカイブ

2013.11.29

イルミネーションを楽しみながら空想世界で遊ぶ

  • マロニエ通りのイルミネーションはエレガント

 東京・銀座は、クリスマスのイルミネーションが日に日に点灯し、華やかな雰囲気になってきた。マロニエ通りのマロニエの木々を飾る上品なイルミネーションに、プチ・シャンゼリゼといったフランス的な趣を感じるのは私だけだろうか。

ヴェルサイユ宮殿にようこそ!

 マロニエ通りと銀座通りの交差点にあるのが、シャネルの店舗。26日、その4階で、新たなヴェルサイユ宮殿の魅力をお披露目する会が、宮殿総裁のカトリーヌ・ペガールさん主催で開かれた。

 ヴェルサイユ宮殿といえば、「宮殿の中の宮殿」ともいわれるフランスで最も人気のある世界遺産の一つ。訪ねたことのある方も少なくないのでは。

 宮殿の中央に広がる黄金の装飾で彩られた「鏡の間」や、アンドレ・ル・ノートルによる、水なき土地に水を引き、運河や噴水などあらゆる水の芸術によって王のパワーを誇示した平面幾何学式庭園。この2つは、宮殿訪問の際のハイライトであるに違いない。

  • シャネル銀座本店の4階で開かれたイベント「ヴェルサイユ宮殿にようこそ!」
  • ヴェルサイユ宮殿総裁のカトリーヌ・ペガールさん

  • 圧巻の「鏡の間」(c)Christian Milet
  • 平面幾何学式庭園(c)Christian Milet

  • 王のパワーを誇示した噴水の数々(c)Christian Milet

 私などはこの2か所の印象が強すぎて、他の見どころは、なんか絢爛(けんらん)豪華だったなあという程度しか覚えていない。

 「歴史あるヴェルサイユですが、時の流れが止まっているわけではなく、時代とともに新しい進化が見られるところが面白いはずです」と、ペガール総裁は話す。

 たとえば、「王女のアパルトマン」は、ルイ15世の娘、アデライドとヴィクトワールという未婚の2人がフランス革命まで住み続けた居室群。かつて宮殿の中でも王のグラン・アパルトマンに次いで最も美しいとされたところだ。今年4月から再公開された。家具調度品や装飾具として使われていたオブジェなど貴重な品々が収蔵庫から展示品として取り出され、日の目を見ることになったそうだ。

 ヴィクトワール王女はハープシコードを見事に弾きこなし、モーツァアルトはハープシコードのための最初のソナタ6作品を彼女に献じたといわれる。読書や音楽の好みがよく伝わってくるというから、興味深い。

注目スポット

  • グラン・トリアノン(c) jm-Manai

 私が注目したいスポットを3か所ご紹介しよう。

 まず、「水花壇」である。水の芸術はどれも素晴らしいが、この泉水は、フランスの河川を象徴する4体のニンフなど横臥像で装飾されていて、ひときわ静寂で美しいのだ。

  • 水花壇(c)Christian Milet
  • マリー・アントワネットの命で造られた「王妃の村里」(c)Christian Milet

 宮殿の北西にある「グラン・トリアノン」は、休息の場だった。私的な空間として、演奏会や祝宴などで使われた。ルイ14世は女官だけを招待していたらしい。フランス北部ランス産の真っ白な大理石と南部ラングドック産のバラ色の大理石が組み合わされ、「大理石のトリアノン」と呼ばれている。

 庭園には様々な種類の花が植えられており、「オランダ水仙の強い芳香のせいで、安眠できない」といった日記も残っている。花の香りで眠れないなんて、一度経験してみたいものだが。

 トリアノンの背後に広がる一帯は、「王妃の村里」と呼ばれ、マリー・アントワネットの命で造られた。当時流行していた自然回帰思想に刺激されて、ノルマンディーの小さな村のわらぶき屋根の家をモデルにしている。外観は田舎風だが、内部は極めて洗練されたスタイル。宮廷の窮屈さからひととき解放されて、リラックスしているマリー・アントワネットの姿が想像できそうだ。

新宿御苑とヴェルサイユ宮殿のつながり

  • 銀座ミキモト本店には、宝石の輝きを思わせる巨大クリスマスツリーが登場

 ところで、明治期の近代西洋庭園、東京の新宿御苑は、ヴェルサイユ宮殿とちょっとした縁がある。19世紀末のパリ万博に菊の花を出展したのをきっかけに、ヴェルサイユ園芸学校のアンリ・マルティネ教授が庭園の設計を手がけた。新宿御苑を設計当時の姿に復元するプロジェクトも、来年から始まるそうだ。

 まだまだ知らないヴェルサイユ。クリスマスのイルミネーションを楽しみながら、時空を超えて空想の世界に遊ぶのも一興だ。

(読売新聞編集委員 永峰好美)

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2013.11.15

新たな日本の未来を拓く、日本酒新時代

国内外で根強い人気、おいしさで感動を目指した「獺祭」

  • 旭酒造の桜井博志社長 (2013年6月、日本記者クラブで)

 売上高が40年前の3分の1になったといわれる厳しい経営環境の日本酒業界にあって、確実に売上げを伸ばしている銘柄がある。「(かわうそ)」に「祭」と書いて、「獺祭(だっさい)」と読む。過疎化が進む山口県岩国市の山間部にある旭酒造が造る純米大吟醸だ。

 従業員40人規模のこの酒蔵の特徴は、原料の酒米に高品質の山田錦だけを用いて、高級な純米大吟醸酒の製造に特化していること。すっきりとした口当たりが人気を集めて、純米大吟醸の出荷量では日本一を誇る。「大量飲酒の時代は終わった。酔うため、売るための酒ではなく、おいしさで感動できる酒を造りたかった」と、同酒造の桜井博志社長は語っている。

 桜井社長によれば、社長就任時の1980年代半ばには、年間売上高は1億円にも届かず、「いつつぶれてもおかしくない会社だった」。それが今では36億円を超すまでに成長した。

 早くから海外市場の開拓にも取り組み、海外販売比率は既に1割を超えた。世界市場で認められたことで東京の高級料亭からも注文が来るようになった、「逆輸入の日本酒」の成功例である。モナコのアルベール大公も、濁り酒がお気に入りなのだとか。来春には、パリのシャンゼリゼ通りにレストランを併設した店舗がオープンする。

ここでしか味わえない、極上の日本酒と創作和食

 ところで、獺祭のフルラインアップが楽しめるメーカー直営の「獺祭バー」が、東京・銀座の隣、京橋にある。

 今年5月、地下鉄の京橋駅に直結した再開発ビル「東京スクエアガーデン」にオープンした。カウンター8席、テーブルが3つのこぢんまりとした店で、すべてシャンパーニュグラスでサービスされる。

  • 京橋駅直結の東京スクエアガーデン
  • 夏の夕暮れ時はテラス席もよさげな獺祭バー
  • シャンパーニュグラスで飲むのが獺祭流

 徳島・「青柳」の小山裕久さんがプロデュースする創作和食とともにいただけるところが面白い。旬野菜の酒粕(さけかす)ディップ添えやムール貝の酒蒸しをはじめ、鯛茶漬けの隠し味など、「獺祭」が料理の中にそれとなく使われている演出が心憎い。

 発泡させてスパークリングワインのように飲めるタイプは、1杯(90cc)800円から。女性にも人気だそうだ。年間2500本の限定生産の最高級酒「磨きその先に」は、1杯6000円を超す。なかなか手が出ない価格だが、5種類を少量ずつ試飲できるお試しセット(3000円)もあった。

  • 人気の鯛茶漬けの隠し味は獺祭なのだとか
  • 磨きをさらに極めた最高級の「磨きその先に」。一度は飲みたい!

酒を造る時の米を磨く文化

  • 山田錦を23%精米した「磨き二割三分」が人気商品

 ここで気になるのが、「磨き」という言葉である。今年6月、日本記者クラブでの会見で、桜井社長は「世界の中で日本の文化的なポジションをしっかりつくることが重要」と強調し、一例として「酒を造る時の米を磨く文化」を挙げた。日本酒造りの工程は、確かに複雑だ。面倒くさいことをわざわざやって、何でそこまで手間をかけるのか、西欧人には理解しづらい点もあるだろうと、桜井社長は話した。

 米を磨けば磨くほど、酒はふくよかな味わいになる。でも、ただ磨くだけではおいしい酒にならない。精米時に摩擦熱で失われる水分を上手にコントロールしながら繊細に扱うことが重要だという。

 「獺祭」の知名度を広げるきっかけになった商品が「磨き二割三分」だ。ネーミングは23%まで精米した米で造ることに由来する。50%以上磨けば大吟醸酒と呼べるのだから、77%も削るのは何とも突出した数字である。

 なぜ23%なのか? 桜井社長の打ち明け話が興味深かった。

 何でも「日本一」が流行っていた1990年代後半、精米歩合で日本一になれば話題になって売れるのではないかと考えて企画したのだという。最初は25%の予定だった。しかし、灘のある大手メーカーが24%精米の大吟醸を市販していることを知り、ならば23%にしようと思い立った。25%を23%に。最後のたった2%を磨くために24時間かかったらしい。

 バーで出合った「磨きその先に」は精米歩合は明らかにされていないが、恐らく23%以下に違いない。

合理化された製造工程、子規の志にならい変革を求めていく

  • フランスからも研修生を受け入れている

 手作りの匠の技を追求しているのかなと思いきや、合理化できるところは徹底的に合理化している点も面白い。精米は温度や湿度を厳密にコンピュータ制御する機械で行う。

 杜氏(とうじ)制度を廃止した。高齢化する杜氏に頼らず、製造工程をマニュアル化し、中心になっているのは平均年齢31歳の若い社員たちだ。社内の風通しをよくして、生産者側の思い込みや卸問屋の都合を見直した。麹室の壁はステンレス製。天井には、空調のダクトが張り巡らされている。フランスやアメリカからも研修生を積極的に受け入れている。

 一方、課題もあり、る。生産を増強しようとしても、原料の山田錦の調達に制約がある。「農家にもうかるコメを作らせず、減反路線を進めてきた農政に大きな問題がある。安倍政権は日本文化の世界への発信に力を入れているが、その前に、不自由な規制をなくしてほしい」と、桜井社長は言う。

 一つ一つが改革だともいう。

 「獺祭」の名前は、旭酒造の本社所在地、獺越(おそごえ)に由来する。獺は捕えた魚を岸に並べる習性があり、その様子はまるで祭りを楽しんでいるかのようにみえるので、「獺祭」となった。転じて、詩や文をつくる時に多くの参考資料を広げ散らすことを指すそうで、正岡子規も号にしている。

 「子規の志にならって、私たちも伝統に安住することなく、変革を求めていく。日本酒で新たな日本の未来を拓こうという思いが込められているのです」と、桜井社長。

 まさに、日本酒新時代である。

 (読売新聞編集委員・永峰好美)

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2013.11.01

銀座でバロック音楽とワイン

  • バーカウンターに脚をはずしたチェンバロを載せて、さあ、コンサートの始まり

 2012年6月29日付の小欄で、銀座7丁目の高級クラブで、中村さんご夫妻が昼間だけ開いている喫茶店「カフェ&ダイニング玲」の話題をご紹介した。

 実は同店では、クラブの営業がない週末の土曜日、ジャズや落語、論語教室、漢方レクチャーなど、様々なイベントが行われているという。

 10月末に行われたのは、「チェンバロとバロック音楽 レクチャーコンサート」だった。

第1回 チェンバロとバロック音楽 レクチャーコンサート

 「銀座でチェンバロとバロック音楽を楽しむ会」の主催で、3回シリーズの1回目。古楽研究会「Origo et practica」代表で、日本チェンバロ協会運営委員でもある加久間朋子さんが曲の背景や歴史などを解説してくれながら、演奏を楽しむというぜいたくな企画である。

 加久間さんは、中学生の時、ヴィヴァルディの「四季」の「秋」第二楽章に感動し、バロック音楽を志した。バロック奏者として著名な鍋島元子さんに師事し、恩師の創設した研究会を継承している。

  • チェンバロ奏者の加久間朋子さん(左)とリコーダーの辺保陽一さん
  • 曲の時代背景がわかると、一段と興味がわきます

  • チェンバロの内部を見せていただきました。鍵を押し下げると、薄い板状の部品が持ち上がる構造です
  • ショートケーキとコーヒーをいただきながら、宮廷貴族気分で楽しみます

 20人ほどでいっぱいになる空間は、チェンバロで奏でられる室内音楽を聴くのに最適の場所といっていい。16-18世紀の宮廷貴族の気分になって、おいしいコーヒーとケーキをいただきながら、撥弦(はつげん)鍵盤楽器の繊細な音色に酔うことができた。

 第1回目は、「イギリス、ネーデルランドの鍵盤黄金時代」と題して、イングリッシュ・スピネットを使ったコンサート。バロック音楽といえば、J・S・バッハが浮かぶが、バッハが活躍した時代からさかのぼること100年。エリザベス1世が統治するイングランドは、シェイクスピアやベーコンらが社会に影響力をもち、「鍵盤黄金時代」と称されるほど実り多き音楽の時代だったそうだ。

  • リコーダーにもいろいろな種類があるのですね

 ウィリアム・ローズの「ソナタ第7番ニ短調より ファンタジア」、J・P・スヴェーリンクの「我が若き命終わりぬ」、J・P・ブルの「スヴェーリンクの主題によるファンタジア」などが演奏された。スヴェーリンクは、バッハのオルガン音楽の基盤になった北ドイツオルガン学派の多くが師事した音楽家で、バッハを聴くには忘れられない存在だ。

 もちろん、バッハの曲も取り上げられた。たとえば、「平均律クラヴィーア曲集第1巻第1番ハ長調」。同曲集の第2巻第1番は、1977年に打ち上げられた米航空宇宙局(NASA)の探索機ボイジャー1号に積載された「ゴールデンレコード」に収められていることで知られている。「ブランデンブルク協奏曲第2番ヘ長調」やベートーベンの「交響曲第5番」などとともに収録され、地球外生命体からの反応が期待されている。

 NASAは、ボイジャー1号から送信された最新データとして、星間空間で録音された不思議な音を発表しているが、もしかしたら、バッハを聴いた宇宙人の返答なのかなと考えると、ロマンが広がる。

 また、ゲスト出演したリコーダー奏者の辺保陽一さんは、バッハの「フルートソナタホ短調」をリコーダーで熱演してくれた。

シェイクスピア時代のワインセレクト

  • イタリアの「モスカート・ダスティ」
  • クラレットとも呼ばれるボルドーの赤

 さて、この素敵なコンサートのために、私に依頼されたのが、シェイクスピアの時代に英国で愛飲されていたワインの紹介である。

 アンドレ・サイモン著「シェイクスピアのワイン」(丸善プラネット)によれば、17世紀初め頃、ロンドンの酒亭(タヴァーン)「マウス」で提供されていたワインがいくつか挙げられている。

  • ギリシャの中央マケドニア・ナウサ地方の赤。クシノマヴロ種です
  • ルビーポルト 甘口です

 グラーヴワイン、クラレット、シェリー、マームジイ、アリカンテ、ポルト……。

 現在のフランス・ボルドーは、1154年から300年間英国領だったこともあり、16世紀になってフランスに返還された後も、英国ではボルドーワインが好まれて飲まれていた。クラレットは同産地の赤ワインを指す。

 大航海時代の幕開けで、スペイン南東部の沿岸都市はワイン貿易で繁盛した。英国商人は特権商人としてスペイン南部の地方都市に居住するようになったのもこの頃。アリカンテのようなスペイン産ワインもよく飲まれ、アルコール度数が高いものを好む英国人は、シェリーやポルト酒もお気に入りだったようだ。

 当時の史料によると、ハチミツ入りや麝香(じゃこう)の香りのする糖菓入りなど、甘いワインが人気だったこともわかる。マームジイはマスカデルなどとも呼ばれたギリシャ原産のマスカット(モスカート)種のこと。この爽やかな甘口ワインを求めて、ワイン商人はクレタ島などのギリシャの島々やイタリアにまで赴き、取り引きをしていたようだ。

 シェイクスピアの戯曲「トロイラスとクリシダ」の中では、ギリシャワインについてのこんな記述もある。

 「今夜はとびきりのギリシャワインで奴の血をうーんと温めてやることにしよう。そして明日は俺の偃月刀(えんげつとう)で奴の体を冷やしてやるのだ」(五幕一話羽)

 このような史料を参考にして私がそろえたワインは、甘口シェリー、ボルドー・グラーヴの白、イタリアの「モスカート・ダスティ」、ボルドーの赤、スペイン・フミーリャ地方の赤、ギリシャ・ナウサ地方の赤、それに甘口のルビーポルト。

 バロック音楽とワイン、意外に面白い組み合わせになったと思う。

                

 「チェンバロとバロック音楽レクチャーコンサート」の第2回は、12月7日(土)の午後2時からと午後6時からの2回。初期イタリアン・チェンバロで、フレスコバルディやバッハの曲が演奏される予定。

 問い合わせは、カフェ&ダイニング玲(電話03-3573-4079)。

 (読売新聞編集委員・編集委員 永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)