2013年10月アーカイブ

2013.10.18

実りの秋、サンテミリオンを訪ねる

中世の城壁都市

  • 石灰岩を掘って造られたモノリス教会がサンテミリオンの街のシンボル
  • フランス人の憩いの場カフェも、中世の街並みに溶け込んでいる

 9月半ば、ブドウの収穫シーズンを迎えたフランス・ボルドー右岸のサンテミリオンを訪ねた。城壁に囲まれた中世の街並みが残るこの街は、1999年、周囲のブドウ畑も含め世界遺産に登録されている。

 サンテミリオンは、さかのぼること8世紀、数々の奇跡を起こして聖人となった聖エミリオンが隠遁(いんとん)の地に選んだことで信者が集まり、街として発展した。キリスト教徒教の巡礼の聖地、スペイン・ガリシア州のサンティアゴ・デ・コンポステーラに行し、巡礼の途中に立ち寄る人も多かったらしい。

 聖エミリオンが暮らしたという地下洞窟の上には、聖人の死後、9世紀から12世紀にかけて石灰岩層の一枚岩を削って作られた「モノリス(一枚岩)教会」がある。聖人を慕う弟子たちにより、300年の制作期間を経て完成したそうだ。

ワインの伝統儀式と風物詩「Bourru」

 9月第3日曜日に、赤い装束に身を包んだジュラード騎士団がブドウの収穫開始を宣言するのが13世紀以来の習わし。前夜からサンテミリオンの街ではコンサートやパーティーが開かれ、お祭りムードが一気に盛り上がる。

  • 「シュヴァル・ブラン」のブドウ畑。美しく整えられている
  • (左)教会でもミサが終わると、騎士団の就任式に向けて出発(右)街を練り歩くサンテミリオンのジュラード騎士団の面々

 宣言日当日、騎士団は音楽隊を先頭に街を練り歩き、モノリス教会で、新しい騎士の就任式を執り行う。今年注目されたのは、フランスの水泳界で活躍中の五輪メダリストでもあるファビアン・ジロ選手。「厳しい練習の後の1杯のワインは、次の練習への一番の活力になる」と、明るく答えてくれた。

 今年は天候不順でブドウの花付きも収穫のタイミングも遅れ、ワイン造りには質量ともに難しい年といわれている。それでも、収穫のこの時期だけしかお目にかかれないBourru(ブーリュ)が店頭に並ぶのを見ると、いよいよワインのおいしい季節の到来かと、心弾む私である。

 白ワインは、ブドウを摘み取った後、まず圧搾機にかけて果汁を絞り出す。その後、果汁を発酵タンクや樽の中に移し、自然発酵を促す。この発酵の初期状態の微発泡のものを「ブーリュ」と呼んでいる。いまだ発酵の途上なので、日に日に風味が変わっていくのが面白い。ほとんどアルコール化していないので、アルコール度数も5%以内。ジュース感覚で楽しめるのだ。

 嫌みのない自然な果実の甘みと柔らかい炭酸とが口の中いっぱいに広がり、文句なしにおいしい。ボルドーでは、旬の焼き栗と一緒にいただく習慣があるそうだ。瓶詰めされた後もブーリュは発酵を続けて炭酸ガスが発生しているので、海外みやげにというわけにはいかないところが残念ではあるけれど……。

  • 水泳の五輪メダリスト、ファビアン・ジロ選手は、今回騎士の称号を得た
  • ブーリュは、ブドウ収穫の今の時期だけ店頭に並ぶ

マカロンの街

  • 石畳の坂道が多いサンテミリオン。マカロンの看板が目に付く

 サンテミリオンは、マカロンの街でもある。石畳の坂道を歩いていると、マカロンの看板によく出合う。

 シスター・ラクロワを長とする修道会が1620年頃から伝えている伝統のレシピというのがある。そのレシピを守って作り続けているナディア・フェルミジエさんの店を訪ねた。

 フランス革命で行方がわからなくなっていたレシピが発見され、ある夫人に託されて以来、その製法は長年独占的に相続されてきたという。1867年のパリ万国博覧会にボルドーのワインと共に出品され、サンテミリオンのマカロンは全国にその名を知られるようになったと聞いた。6年ほど前、ナディアさんが先代のブランシェ夫人からレシピの権利を買い、現在の工房と店舗を開いた。

 製造を統括しているディディエさんによれば、小麦粉に泡立てたメレンゲ、砂糖、アーモンドパウダーを加えて練り合わせた生地のシンプルなお菓子。昔ながらの台紙に生地を絞って焼くやり方も踏襲されている。

 直径約5センチの丸く平たいクッキーのような形状で、表面に亀裂が入っている。食感はややもっちりしていて、日本の衛生ボーロに似た素朴であきない味わいだった。私がイメージする表面がすべすべで丸っこいマカロンとは異なるが、このサンテミリオンのマカロンこそ、フランス各地に残るマカロンの原型なのだそうだ。

  • (上・左)ナディア・フェルミジエさんの店(上・右)左がナディア・フェルミジエさん(下・左)製造を統括するディディエさん(下・右)工房では、手際よく2人の女性がマカロン造りに励んでいた
  • (左)フランス各地に残るマカロンの原型がこれ(右)マカロンのレシピは、代々独占的に相続されてきたという

マカロン・パリジャン

 さてさて、東京・銀座にも、おいしいマカロンのお店がたくさんある。銀座三越の「ラデュレ」をはじめ、芦屋のケーキ屋さん「アンリ・シャルパンティエ」、現在ホテルは閉館したけれども大丸東京店のショップで買える「ホテル西洋銀座」の銀座マカロンもはずせない。

 銀座通りに面している「ダロワイヨ」のマカロンも、食感がやさしくって、私はファン。ハロウィーン前の今は、カボチャのイラストをプリントした愛らしいマカロンが特別に用意されている。それにしても、「ダロワイヨ」のショーウィンドーを見ている限り、ここはフランスかと間違えてしまいそうだ。

 これら銀座で買えるマカロンは、バタークリームやジャムなどをサンドした、丸っこい形状。「マカロン・パリジャン」と呼ばれている。

  • フランスにある店?と勘違いしそうな東京・銀座の「ダロワイヨ」の店先
  • 愛らしいハロウィーン仕様のマカロンも

 (読売新聞編集委員・編集委員 永峰好美)

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2013.10.04

本をヒントに「終わり」と向き合う展覧会

 東京・日比谷にある千代田区立日比谷図書文化館で、刺激的な展覧会に出合った。

 タイトルは、「終わりから始まるものがたり」。昨春、日本科学未来館で開催された企画展「世界の終わりのものがたり~もはや逃れられない73の問い」をもとに再構成したものだそうだ。

25の「問い」の“森”をヒントとともに巡る

  • 思索の秋にふさわしい、日比谷図書文化館の展覧会
  • 会場のボードに自分の答えを書き込める、参加体験型なので楽しい
  • リンゴの木をイメージしたボードにも、たくさんの答えが貼られていた
  • 会場を巡りながら、展示された本からヒントを得よう
  • 「運命的な本との出会いは?」の問いかけに、漫画から哲学書まで様々な回答が…

 メイン会場の特別展示室に入ると、「ものがたりノート」と呼ばれるハンドブックが一人ひとりに手渡される。それを片手に、25の「問い」の“森”の中を巡り歩くのだ。

 「世界の終わりを想像したことがありますか?」

 「一番怖いものはなんですか?」

 「死んだらすべては終わりでしょうか?」

 「いつまでも若さを保ちたい? それとも年相応に老いていきたいですか?」

 「どこまで『わたし』なのでしょう?」

 「あなたの幸せとみんなの幸せは同じでしょうか?」

 「必要でないものはこの世界に存在するでしょうか?」

 「100年後の未来へとつなげたいものは何ですか?」

 「生きているあいだに絶対やってみたいことは何ですか?」

 「『終わり』から、あなたが始めるものは何でしょうか?」

 どの質問も、とても哲学的だ。恐らく、一つとして同じ答えは出てこないであろう。

 企画の趣旨は、こんな風に記されていた。「2011年3月11日に発生した東日本大震災は、私たちの『今』を支えているものがいかに危うく、もろいものであるかが明らかになった出来事でした。その事実から2年半を経た今、私たちは遠ざけてきた『すべてはいずれ終わる』という真実を踏まえ、人は何を大切に生きていくべきか、人は何を未来に残すことができるのかを、改めて問い直す時期にきているのではないでしょうか?」

 確かに、すべてのものごとには「終わり」がある。楽しい集まりも、人の一生も、そして、文明やこの世界も・・・。にもかかわらず、私たちは日々の忙しさにかまけ、「終わり」に真剣に向き合わずに過ごしているのではないか。いや、終わりがあることを意識するのが怖くて、このテーマに向き合うのを避けているのかもしれない。

 そんなことをあれこれ考えながら、靜かな会場をゆっくり歩き回った。

 答えに窮した時、ヒントを与えてくれるのが、質問ごとに近くの棚に置かれている参考書籍であった。

 たとえば、「いつまでも若さを保ちたい? それとも年相応に老いていきたいですか?」の問いかけには、4冊の本が指南してくれる。

 周囲が年を取っても、子どものままでいるネバーランドが登場する「ピーター・パンとウェンディ」(J・M・バリー)、60歳以上の女性のファッションを特集している写真集「Advanced Style~ニューヨークで見つけた上級者のおしゃれスナップ」(アリ・セス・コーエン」、老いを肯定し、年を取ることの楽しみを教えてくれる「老人力」(赤瀬川原平)、体力の限界に挑戦しつつ、40代後半になっても現役でのプレーにこだわる“キング”の生き方を記した「やめないよ」(三浦知良)の4冊である。

 その本に目を通したからといって、答えが見つかるわけではない。だが、ニューヨークの写真集をぱらぱらとめくっていたら、登場する高齢の女性たちがあまりにおしゃれで格好良くて、自信に満ちていて、年を取るのって素敵だなと、前向きな気持ちになった。

 「会場に並んだ100冊の本は、図書館司書がテーマごとに厳選したおすすめです。コメントはつけず、あくまでも思索の手がかりにしていただきたいという思いで選んでいます」と、同館のミュージアム企画を担当する学芸員、下湯直樹さんは話す。

 「どこまで『わたし』なのでしょう?」の質問があるコーナーには、コンタクトレンズ、携帯電話、日曜大工の道具など、毎日使っていて、空気のような存在ともいえる数々のものが並べられていた。たとえば、これだけ携帯電話が離せない日常を過ごしていると、それは『わたし』の延長上にある、『わたし』と一体化している、と考えてもいいのかもしれない。

100年後まで残したい18冊

 2階のコーナーでは、「100年後まで残したい18冊」の本が紹介されていた。同館の日比谷カレッジに登壇した16人の講師らにアンケートをとって選んだという。参考になるので、本のタイトルと著者名を挙げておきたい。

 幸田露伴「五重塔」

 プリーモ・レーヴィ「アウシュヴィッツは終わらない」

 司馬遼太郎「街道をゆく1 甲州街道、長州路ほか」

 ウィリアム・モリス「ユートピアだより」

 司馬遼太郎「坂の上の雲」

 近松門左衛門「曽根崎心中」

 國木田独歩「武蔵野」

 童話屋編集部編「復刊 あたらしい憲法のはなし」

 トマス・マロリー「アーサー王の死」

 青木正美「東京下町100年のアーカイブス」

 中里介山「大菩薩峠」

 司馬遼太郎「二十一世紀に生きる君たちへ」

 春日野八千代「白き薔薇の抄」

 紫式部「源氏物語」

 福永光司「荘子 内篇」

 ドナルド・キーン「Appreciations of Japanese Culture」

 プラトン「ソクラテスの弁明」

 サン=テグジュペリ「星の王子さま」

 深まりゆく秋。本を片手に、あなたなりの「終わりから始まるものがたり」を紡いでみてはいかがだろうか。

 同展は10月14日まで。入場料は一般300円。

(読売新聞編集委員・ 永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)