2011年7月アーカイブ

2011.07.29

変化の年、学生が考えるクールビズのカタチ

 「秋までクールで、美しく」

  • 店頭でシーン別に節電ファッションを選ぶ跡見女子大の学生たち

 節電の夏、噴き出す汗の不快感を少しでも解消して涼しさを感じるようなスタイルをと、ひと工夫もふた工夫もあるクールビズ商材が今夏は花ざかりである。

 天気予報では、9月に入っての残暑は例年よりも厳しいとの見方もあるようだ。

 「秋までクールで、美しく」――。

 プランタン銀座では、環境問題を学んでいる女子大生とインテリアの専門学校生の協力を得て、「学生が考えるシーン別節電ファッション&節電ライフスタイル」を、8月2日から8日までの1週間、本館2階から5階までの各階で開催することになった。

 このイベントは、環境省と環境ビジネスに携わる専門家集団「環境ビジネスウィメン」(小池百合子顧問)が協働で推進する「SUPER COOLBIZ 2011」と、プランタン銀座が5月から女性の消費者を対象に展開している「Cool Beauty Style」のコラボレーション企画である。

ファッションと空間をトータルで

  • (左上)2階のオフシーンでは、透け感のあるトップスを(左下)3階のルームシーンでは、袖が広くて風通しがよいデザインのワンピース(右上)4階のビジ ネスシーンでは、凛としたパンツスタイルを提案(右下)5階のパーティーシーンではフレンチスリーブで上品なコーディネート

 協力してくれたのは、ファッションを担当したのが跡見学園女子大学・生活環境マネジメント学科の吉村英子教授のゼミの学生さん、空間演出を担当したのが町田ひろ子アカデミーのインテリアコーディネーター専門科の学生さん。事前に、どのような工夫が涼感につながるのか、クールビズ・スタイルの科学について専門家のレクチャーを受けた。

 そして、時間もスペースも制約された中ではあるが、忙しい授業の合間を縫って、皆、本当に頑張って、自分たちの提案を素敵なカタチにまとめてくれた。

 各フロアごとに異なったシーンやスタイルを想定、ファッションは、そのシーンに合った商品を店頭から選んで、マネキンを使って全身コーディネート。空間演出は、「エアコンを使わない」節電空間を念頭におき、ファッションチームが選んだ洋服をまといながらも涼やかで快適な過ごし方ができる工夫を、雑貨やグリーンなどを用いて表現する。

シーンで変えるコーディネート

  • 看板 「涼」のファッションテーマは「透け感トップスでCOOL」

 各階のテーマは以下の4パターン。

 2階=「涼」休日にカフェで過ごすカジュアルスタイル

 3階=「潤」自分の部屋でゆっくり過ごす大人かわいいルームスタイル

 4階=「凛」仕事が終わってもそのまま出掛けられる華やかさのあるオフィススタイル

 5階=「雅」夏の暑いガーデンパーティーなどでも上品に涼しげな印象のパーティースタイル

 たとえば、「凛」と題したビジネスシーンでは、ブラウスとパンツを組み合わせた街中マリンスタイルを提案。ブラウスは、袖がふんわり、丸い襟元もゆったりしていて、空気の出入り口をしっかり確保、ブルー系が基調で涼しげなイメージだ。パンツは、吸湿・速乾性にすぐれた機能的な素材で、伸縮性もあるので動きやすい。

 シンプルなコーティネートではあるが、赤いベルトで華やかにアクセント。黒エナメルで縁どりされた白のバッグでさわやかに。きちんとした印象を保てるヒール付きサンダルを合わせる。

涼を感じるデスクとは?

  • (上)空間演出のシミュレーションをする町田ひろ子アカデミーの学生たち(下)暑さが吹き飛びそうなオフィス空間。仕事がはかどりそうです

 一方の空間演出はといえば、パソコンが並ぶ無機質なオフィスで、蒸し暑さに悩んでいるシーンを想定。そうした中でも、涼しげな顔でおしゃれに過ごすにはどうすればよいのだろうか。

 全体的に寒色系ですっきりまとめたデスク周りは、それだけで涼感を感じさせる場所に変身。やはりポイントになるのは、小さいけれども威力を発揮してくれるデスク用ミニ扇風機。「扇風機で気流を作ることにより、からだから放出した熱を早めにからだ周辺から遠ざけてくれるので、気温が高くても涼しさを感じることができる」という。

 若者目線で考えた節電スタイル、力作ぞろいなので、ぜひ実際に店頭で見ていただければうれしい。

学生によるリメイクファッションショー

  • リメイクファッションショーの看板なども、学生たちがすべて手作り

 ところで、先日、跡見学園女子大学のオープンキャンパスに招かれて、学生たちが不要になった衣類を回収、それらを活用してリメイクファッションを制作し、さらに、自らモデルを務めてショーでお披露目するというファッションイベント「ATOMI GIRLS COLLECTION」を見る機会があった。こちらも、力作ぞろいだったので、ご紹介したい。

  • (左側)カントリー調の「アメリカン」(右側)赤とゴールドが決め色の「アジアン」

 中心になったのは、生活環境マネジメント学科の内村理奈助教授のファッションと環境マネジメントゼミナールの学生たち。被服系の学科ではないので、裁縫が得意な学生が集まっているわけではない。半年前、デザイン画を描いて自分のやりたいことを表現した段階では、「ショーはもとより、洋服が縫いあがるのだろうかと、はっきり言って心配だった」(アドバイスをしたデザイナーの大類尚さん)そうだ。

彼女たちにもたらされた変化

  • (左側)アニマル柄やファー素材をさりげなく使った「アフリカン」(右側)ロマンチックな雰囲気の「ヨーロピアン」

 それが、ショー当日、カントリー調の「アメリカン」、赤とゴールドをどこかに使っている「アジアン」、肉食女子のパワー全開の「アフリカン」、花と妖精がテーマの「ヨーロピアン」の4テーマで、17着が見事に完成。大類さんも、「完成度が高くて驚きました。ここまでできるとは、もう脱帽の一言」と話す。

 ショーの最後は、「被災地の復興を祈り、皆が元気になるような服を」と、ウェディングドレスを提案。医療用ガーゼを用い、長いベールには、やはりガーゼで作った多数のバラの花があしらわれた。

  • 被災地の復興に祈りを込めてつくったウェディングドレス

 自分たちで手作りすることで生まれてきた、ものを慈しむ気持ち、人々への思いやり……。「このドレス、一生捨てられないものになりそうです」と、学生たちは口々にいう。

 節電スタイルもリメイクファッションも。大震災の年は、若い彼女たちに、これまでとは違う変化をもたらしたようでもある。

 (プランタン銀座常務・永峰好美)

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2011.07.22

廃食油でエコ燃料を作る「TOKYO油田」

 街角に美しい沖縄の海

  • 銀座ソニービルのイベントスペースに登場した巨大水槽。色鮮やかな熱帯魚が泳ぎ回る
  • 「TOKYO油田 銀座ステーション」の看板はグリーン

 東京・銀座の数寄屋橋交差点。その一角にある銀座ソニービルの屋外イベントスペースに、沖縄の海を再現した巨大水槽が登場している(8月31日まで)。

 沖縄の「(ちゅ)(うみ)水族館」とのコラボレーション企画で、今年で44回目を数えるのだそうだ。

 水量14トンの水槽内を悠々と泳ぎ回るのは、沖縄からはるばるやって来た1メートルを超えるウツボのほか、ナポレオンフィッシュ、ハナミノカサゴ、アケボノチョウチョウウオ、キイロハギ、ユカタハタなど、色鮮やかな熱帯魚約40種類。

 都会の雑踏の中にありながら、サンゴ礁が広がるエメラルドグリーンの海や陽光のきらめきを容易に思い浮かべることができる“街角水族館”は、銀座の夏の風物詩としても定着、記念撮影をする外国人観光客の姿も少なくない。

 そして、節電の今夏、水槽に使用される電力にも一工夫がなされている。

 午前9時から午後8時までの間、水槽の循環ポンプやクーラーなどに使う電気は、使用済みのてんぷら油を再利用した燃料で発電機を動かす自家発電でまかなっているという。

 水槽の脇には、「TOKYO油田 銀座ステーション」の看板がかかっていた。

使用済み天ぷら油で発電

  • 天ぷら油発電の仕掛け人、染谷ゆみさん
  • 水槽の裏にある発電機で、日中は水槽の循環ポンプなどに使う電気をまかなう

 許可を得て裏に回ってみると、ありました! 意外に小ぶりの発電機である。その隣のブースには、ペットボトルなどに入れられた使用済みの天ぷら油がバケツの中に蓄えられていた。

 この天ぷら油発電の仕掛け人は、ユーズ(東京・墨田区)の染谷ゆみ社長だ。

 8月末までのイベント期間中、来場者から使用済みの天ぷら油を回収し、それを自社工場で資源循環型新燃料、バイオディーゼルVDF(Vegetable diesel fuel=植物油の軽油代替燃料)に精製したうえで、供給している。大気汚染の原因となる硫黄酸化物はゼロ、呼吸器官障害の一因といわれる黒煙は軽油の半分以下で、地球にやさしいクリーンエネルギーなのだ。

 1か月半の間に必要な油の量は約1000リットル。家庭からの持ち込みだけでは間に合いそうもないので、銀座地域の飲食店に呼びかけ、提供をお願いしている。「へえ、この油で水槽のポンプが動くなんて、面白いねえ」と、評判も上々で、協力店が続々と増えている。

 染谷さんは、父親が2代目を継いでいる、東京下町の産業廃棄物処理工場の娘。アラフォーのバブル世代は、大学に進学して有名企業に就職して……というあらかじめ敷かれたレールに乗って走る生き方に納得できず、高校を卒業すると、アジアに向けてバックパッカーの旅に出た。

旅先で環境問題への目覚め

  • ペットボトルに入れて持ち込まれる使用済みの天ぷら油

 チベットとネパールの国境近くでのこと。土砂災害の現場にいて、九死に一生を得た。「山を無理やり切り開いて新しい道路を造ったことが原因ではないか」という村人たちの声を聞き、多感な18歳は環境問題に目覚める。さらに、ネパール、インドなどを巡り、人間は大自然の中で生かされていることをからだで知っていく。

 帰国して、自立のためにと一時ベンチャーの旅行代理店に勤めて海外勤務も経験。ふと足元を見直せば、実家の工場は廃食油のリサイクルも手がけているではないか。父親に頭を下げて、新入社員にしてもらい、修行生活が始まった。当時20代の娘が町工場で働いていることが珍しく、油の回収に行くたびに随分とモテたようだ。

  • 大事なエコ資源はいったんバケツに入れて保管

 1993年、米国から興味深いニュースが届いた。ミズーリ州で、大豆油からディーゼル燃料をつくって使っているという。植物油の再利用だから、当然環境に負荷がかからない。それならば、廃油からだってできるはず……。父親との共同研究で、なんと半年後、ディーゼル燃料VDFを誕生させることに成功、大学の先生のお墨付きももらった。

 「開発は思いのほかスムーズにいったのですが、そのあと、いろいろなことが起こりました。ベンチャー企業と称する人たちが視察にと入れ替わり立ち代わり現れて、いつの間にかノウハウを勝手に使っている、とか」(染谷さん)

東京中の廃食油を集めたい

 VDFの普及に本腰で取り組もうと、独立して会社を起こしたのは、28歳のとき。父親も応援してくれた。「改めて振り返ると、私の環境問題へのこだわりの強さは、父の背中を見て育ってきたからかもしれません」

  • 銀座の飲食店街を、この油回収トラックが走り回って集めます

 いま、首都圏を中心に、使用済み天ぷら油を回収するステーションは130以上にも広がった。家庭では、それまで高価な凝固材を使って廃棄していたり、排水溝にそのまま流して水質汚濁の一因になってしまったりと、やっかいものだった廃食油だが、VDFに、肥料に、せっけんにと再生することで、各地域でのエネルギーの地産地消が実現しつつある。

 そして、今回は、銀座での新たな取り組みである。

 「一つの家庭で使う量は少なくても、東京のような大都市では、1千万人分の天ぷら油、つまりエコ資源が集まる。東京は、間違いなく、世界有数の規模をもったエコな油田なのです」と、染谷さんは強調する。

 創業20周年にあたる2017年には、東京中の廃食油を集めて東京をエコ油田に変えたい――染谷さんの決意は固い。

 ちなみに、「TOKYO油田 銀座ステーション」での使用済み天ぷら油の回収は、8月31日までの毎日午前11時~午後6時。詳細は「ソニーアクアリウム」のホームページで。

(プランタン銀座常務・永峰好美)

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2011.07.08

食で日本を元気に、「アル・ケッチァーノ」奥田シェフの店

 「サンダンデロ」は庄内弁!?

  • 柳の青葉が揺れる銀座柳通りにある山形県のアンテナショップ2階が「ヤマガタ サンダンデロ」

 東京・銀座で予約の取れないレストランの一つとして知られる「YAMAGATA San-Dan-Delo(ヤマガタ サンダンデロ)」は、銀座1丁目、銀座柳通りに面した山形県アンテナショップの2階にある。

 作家の藤沢周平が愛してやまなかった山形県の鶴岡。庄内藩14万石のこの城下町に、1969年、オーナーシェフの奥田政行さんは生まれた。

 「サンダンデロ」って、イタリア語? いえいえ、奥田さんの故郷、庄内の言葉で、「~なんでしょ」という時に「~だんでろ」というところから名付けたそうで、「山形産なんでしょ」の意味だ。言葉の響きが、聖天使を意味するSaint Angeloに似ているところも気に入っているらしい。

 最上川と赤川が緩やかに日本海に注ぎ込む庄内の地は、豊かな土壌、漁場に恵まれている。夏と冬の温度差は40度近くにもなり、四季の移ろいが際立っていることもあって、多彩かつ味わい深い食材の宝庫と聞く。

2年前に銀座に出店

  • メニューカバーには、鶴岡シルクの「きびそ」を使って

 東京や地元鶴岡のレストランで修業したのち、奥田さんが鶴岡にイタリア料理店「アル・ケッチァーノ」をオープンしたのは10年ほど前。

  • ドリンクメニューには、月山ビールや奥田シェフがプロデュースした日本酒などが……

 旬の素材の味や香りを生かし、ソースはなるべく使わない。食材は一皿に3種類まで。食材をまとめる塩は世界中から集めた十数種類をできるだけ抑えて使う。水も料理によって、鳥海山の超軟水、月山系の軟水、飯豊山の中硬水などを使い分ける。

 イタリア料理の手法で、庄内の旬の食材に新しい光を当てた奥田さんの料理は県外のグルメが注目するところとなり、スローフード協会イタリア本部主催の「テッラ・マードレ2006」では世界の料理人1000人に選ばれ、欧米でも高い評価を得ている。銀座への出店は2年前のことである。

極上の味10皿

  • (上左)月山筍と炭塩(上右)スズキのセビーチェ(中左)イワナとヒラメのミルフィーユ(中右)フルーツトマトのカッペリーニと山羊のリコッタチーズ(下左)天然岩ガキのモロヘイヤソース(下右)つや姫のリゾットにカマスを添えて

 炭塩と山椒をきかせた月山筍、日本海の塩とセロリがアクセントのスズキのセビーチェ、燻製したイワナとヒラメのミルフィーユ、フルーツトマトのカッペリーニには山羊のリコッタチーズが添えられ、雪塩を少しずつ混ぜながら食べる。

  • (上左)キュウリのジェラート(上右)ナス田楽とアユ(下左)羊肉とだだちゃ豆(下右)山形の旬のフルーツから

 ミネラルたっぷりの鳥海山の伏流水で育った岩ガキは、ぷりぷり身が肥えた極上品。和辛子の風味に新鮮なモロヘイヤがよく合う。ほかにも、だだちゃ豆や民田ナス、外内島キュウリなど、収穫を迎えた在来の夏野菜が皿を飾る。

 魚介類が多いので、独特の香りがあるファランギーナ種の白ワインを選んだ。

 ワインリストを載せたメニューのカバーは、素朴な風合いの自然素材。鶴岡特産のシルク「きびそ」で、蚕がまゆを作る時、最初に吐き出す糸なのだそうだ。水溶性タンパク質が豊富で、保湿力にすぐれ、最近ではスキンケア商品でも注目されているらしい。

料理で庄内・鶴岡を元気に

  • ファランギーナ種を使ったイタリアワイン

 店長の中村政樹さんも、鶴岡出身者。上京して15年になるが、やはり銀座にある大分県のアンテナショップのレストランで働いていた時、同店のオープンの話を耳にして、手を挙げた。

  • 店長の中村政樹さんは鶴岡出身

 「自分の故郷・山形もアンテナショップに併設したレストランを開けばいいのに、とずっと思っていました。実際、奥田シェフの指導を受けつつ旬の食材を意識して味わうようになると、今まで気付かなかった美味しさにはっとさせられたことは幾度もあります。たとえば、だだちゃ豆の深い味わいは何ものにも代えられませんね」と中村さん。

 奥田さんは、自分が作る料理で、庄内・鶴岡を元気にしたいと考えて、24歳の時、帰郷した。だが、ことはすんなり進まなかった。

 東京で一緒に働いた料理人仲間には「都落ち」といわれ、孤独だった。下手に仕事をすると先輩ににらまれるといった息苦しい集団の中で、休憩時間は、毎日数多く出る牛乳パックをリサイクルするためにハサミで切り開き、向かいのスーパーに運ぶという作業をずっと続けた。

 やがて仲間の輪は広がり、調理場のスタッフにもやる気がわいて、新しい企画に参加、さらには調理場を任されるまでになった。

食べ物と農業に鍵はある

 著書「人と人をつなぐ料理 食で地方はよみがえる」(新潮社)で、変わらずにずっと抱き続けた志について、奥田さんはこう語っている。

 「食べ物は生きていく上での源だし、老若男女の心を動かす力がある。さらには、外国人にもとっつきやすい。食べ物と農業にこそ日本を楽しく元気にする鍵はある、と思ったのです。

 何よりも、美味しいものを食べると、心に灯火がともる。たとえば、本当にひとりぼっちになった状況でも、たったひとつのおにぎりが心を温めてくれたりする。みずみずしい野菜を(かじ)ったことで身体に生気が蘇る。一杯のスープが一日の疲れを癒し、明日への英気を養ってくれる。美味しいものには、人を元気にする力があるのです。そして、美味しいものは、人と人をつないでくれる。人の輪を広げていく力を持っているんです」

 「食で日本はよみがえる」――大震災の年、その視線は、故郷のある東日本へと改めて向けられている。

 (プランタン銀座常務・永峰好美)

 ◆ヤマガタ サンダンデロ

 http://www.alchecciano.com/san-dandelo.html

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2011.07.01

涼を感じる光と音のアートスポット

 松尾高弘さんが生み出す幻想的な空間

  • 松尾高弘さんの新作「White Rain」

 6月なのに、全国的に記録的な猛暑日が報告されている日本列島――。「節電」が叫ばれている今夏だが、視覚的にも聴覚的にも「涼」が感じられる、なんとも素敵なアートスポットを東京・銀座で見つけた。

 銀座1丁目、銀座中央通りに面したポーラ銀座ビル3階にある「ポーラ・ミュージアム・アネックス」で、7月10日まで開催されている松尾高弘さんのインタラクティブアート展「LIGHT EMOTION(ライト・エモーション)」(入場無料)。

 インタラクティブアートとは、作品と鑑賞者が対話性をもつアートをいう。たとえば、人が作品の中で動いたり触ったりすることで、知覚的で感覚的な変化を楽しめるのが特徴だ。

 1979年生まれの松尾さんは、この分野で国際的に活躍する若手アーティスト。光や造形、音の組み合わせによって、幻想的な空間を造り出すのを得意としている。作品のコンセプトワークから、ソフトウェアやヴィジュアル制作、空間構成、器具などの開発、システムのセットアップに至るまで、ほとんどを一人でこなす。

降りそそぐ光の雫

  • 光のシャワーの中を歩くと、強くきらめく光の雫が降ってくる

 会場を入って最初の部屋は、夜のとばりが降りたような真っ暗な空間。その一角に、滑らかに流れるように、白く輝く繊細な光の集合体があった。

 雨を題材にした新作「White Rain(ホワイト・レイン)」。天井から透明なアクリルバーが吊られていて、上部からLEDの光が雨粒のように落ちてくる。微妙に揺れるアクリルバーに光がランダムに反射して、みずみずしく躍動する光の質感が美しい。

 「どうぞ中に入って、歩いてみてください」という会場スタッフの声に促され、光のシャワーの中に身を置いてみた。

 すると、私の周りには、ひときわ強くきらめく光の雫が降ってくるではないか。思わず両手のひらで雫を受け止めたい衝動にかられた。しばらくすると、光の雫の連鎖に自ら溶け込んでいくような、そう、夢幻の空間に身をゆだねるような、心地よくも不思議な感覚に酔った。

 ピアノの単調な響きも、雨音が自然に刻むリズムを連想させて、足取りが軽くなる。

 「光という素材の原点に立ち返りました。純粋に光そのものと対峙してみようと決めたところからスタートしたんです。純粋な光に向かうということは色彩は必要ない。無彩色の空間の中で感覚を突き詰めたかった」と、松尾さんはいう。

それぞれの“EMOTION”を

  • イタリアの「ミラノサローネ」で話題になった作品「Aquatic Colors」

 松尾さんはテーマの一つだった白い光を美しく表現するために、雨の質感と雨粒が落ちる表現が最適だと考えた。「雨は日常の生活シーンの中で、だれでも体験記憶として刷り込まれていますよね。だから、その日常の風景を非日常の風景として表現すれば、コントラストが大きくて面白いのではないかと……」

 雨は重力によって不規則に降り注ぐ雨粒の集合体。その物理的な法則性を、コンピューターでシミュレーションし、動きと発光のシステムをプログラミング、視覚化した。

 さらに、「タイトルのEMOTIONという言葉には、楽しい感動も、逆に悲しさや寂しさなどの感情も、すべてが含まれています。作品に触れた人が、光を美しいものとしてとらえるだけでなく、光を通じて各人の感覚の根っこにあるものを本能的に想起するような体験をしてくれたらと思います」とも。

 確かに、光のシャワーから出て、人がいる空間を外から客観的に見つめ直すと、また違う印象をもった。物思いにふけっている人の横顔、雨の日のきらめきを見つけて楽しんでいる人の背中など、それぞれがライトアップされて、輝いていた。

出会いが新しい作品のきっかけ

  • オーガンジーの幕に近づくと、クラゲの群れが浮かび上がる

 2番目の部屋は、深海をイメージしたやや薄暗い空間だった。世界最大級のデザインの祭典、イタリアの「ミラノサローネ」で2009年に発表した「Aquatic Colors(アクアティック・カラーズ)」という作品である。

 部屋の中央には、軽量で強い光沢のある超極薄繊維、オーガンジーで幕が張られ、プロジェクターでクラゲが浮遊する映像が投影されていた。オーガンジーの曲面にからだを近づけると、クラゲの群れが連鎖的に発光し、暗闇から浮かび上がり、ゆっくりと明滅しながら私の後をついてくる。淡い青色の光が波打つように空間全体を覆い、広がっていく。

  • ポーラ銀座ビル1階のショーウィンドウを飾る「Aurora」

 クラゲたちの自然な明滅は、人間の心拍の感覚やろうそくの炎の揺れ方など、自然界でみられる1/fゆらぎ理論を応用して造られたという。クラゲたちと遊びながら、深海の神秘のささやきに耳を澄ましている私が、そこにいた。涼やかで穏やかな時間は楽しい。

 「場所と人との出会いが、新しい作品を造り続けるきっかけになる。これからも光と空間をさらに追求して、より大規模なインスタレーションや舞台芸術、商空間など、横断的に展開していきたいです」と、松尾さんは語る。

 ギャラリーの展示と合わせて、1階のショーウィンドウには、松尾さんがデザインしたディスプレイ「Aurora(オーロラ)」が展示されているので、こちらも要チェックだ。

 揺れるオーガンジーに、昼間は太陽光が、夜はLED照明の様々な色彩の光が不規則に反射し、オーロラのように美しい光景が展開されている。

 繊細な光の戯れを映し出しつつ、ふんわりと優雅に宙を舞う布の動きに、そよ吹く風を感じ、安らいだ。

(プランタン銀座常務・永峰好美)

 ◆ポーラ・ミュージアム・アネックス

 http://www.pola.co.jp/m-annex/

 ◆松尾高弘さんのオフィシャルサイト

 http://www.monoscape.jp/

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)