2012.12.14

仕立ての基本、祖父から…銀座の職人(4)

 明治5年(1872年)の太政官布告で、男性の洋服が正装として採用された。文明開化のショーウインドー的役割を担っていた銀座には、かつて500近い注文紳士服の仕立屋があったといわれる。

  • 渡辺新さんから生地の巻き方を教わる永峰編集委員(東京・銀座で)=富田大介撮影

 「減ってきたとはいえ、今でも50以上残っている。日本の中で断トツです」と、老舗テーラー「壹番館(いちばんかん)洋服店」の3代目、渡辺(しん)さん(46)は言う。歴代の顧客リストには、北大路魯山人や藤田嗣治ら芸術家のほか、政財界のVIPが並ぶ。

 祖父の実さんが創業したのは、昭和5年(1930年)。長野の生家は呉服店。商いが思わしくなく、東京・赤坂の親戚の洋服店に奉公した。そこで目にした、英国製生地で仕立てた鹿鳴館時代のフロックコートに一目ぼれ。独立したら銀座に店を開く決心をする。

 「目新しい一流品を求めて一流の人が来る銀座で成功すれば、日本一のテーラーになれる、と。銀座の地になぜこだわるかを祖父からよく聞かされました」

 仕立ての工程は昔と変わらない。生地やスタイルを選び、ベテランの職人が2人がかりで採寸、店内の工房で縫い上げる。あらゆる角度からからだ全体が映せる五面鏡を前に、仮縫い、中縫いが速やかに進む。

 渡辺さんは大学卒業後、イギリスとイタリアで洋服作りを学んだ。経営者であると同時に、仕立て職人でもある。

 「基本の仕事は何ですか?」と聞くと、「まず掃除です」。早朝6時から2時間、店舗を構える9階建ての自社ビルを一人で掃除する。その後出勤してきた従業員とともに、数寄屋橋までの1ブロックを掃き清める。「銀座の街にはお世話になりっ放しだから当然のこと」と言う。

 テーラーにお邪魔したのだから、生地に触れる仕事を体験したい。「では、巻いてみますか?」

 生地の縦糸と横糸がまっすぐ通っているかチェックしながら、巻き板に生地を巻き付ける作業。何枚も同じことを繰り返す。

 「これをやらないと、通気が悪くなって生地が風邪を引くんです」。基本中の基本の仕事を大切にすることも、祖父から教わった。

 「職人の概念は進化していると思う。熟練の技できちんとした手仕事を仕上げるのは当たり前。顧客の趣味や流行感覚などを把握し物作りに情報やサービスをいかに盛り込んで付加価値を高めるか。試されているのではありませんか?」

 茶の湯、三味線、陶芸。趣味人としての引き出しを増やすことにも熱心だ。

 壹番館洋服店

 東京都中央区銀座5―3―12 壹番館ビル1F

 03―3571―0021

 午前10時~午後7時(日曜・祝日は午前11時~午後6時)

 火曜定休

 http://www.ichibankan.com/

(読売新聞編集委員・永峰好美)

2012年11月19日付 読売新聞夕刊「見聞録」より

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)