2012.10.05

名門バーも復活、東京駅赤レンガ駅舎を旅する

  • JR東京駅丸の内駅舎

 約5年半の工事を終え、大正時代の創建当時の姿に復元されて10月1日に開業した、JR東京駅丸の内駅舎。駅舎の復元に合わせて進めてきた東京ステーションホテルの改装工事も完了し、3日にオープンした。

 南北にドーム型の屋根を備えた重厚でレトロな外観、天井を彩る鮮やかなレリーフ、1泊80万8500円のホテル最高のロイヤルスイートルーム……。新聞やテレビの報道で何度もご覧になったのではないだろうか。

 だが、見所はまだまだある。私なりに、おすすめのスポットや注目したいグッズなどを探してみた。

欧風化する銀座と焼け跡のままの永楽町

 その前に、東京駅と銀座とのつながりをおさらいしておこう。林章さんの「東京駅はこうして誕生した」(ウエッジ選書)に学んだ。

  • 駅長室は意外とシンプル。「無事」という書が壁に掲げられていた
  • 執務机の後ろにあった駅のペーパークラフトに注目
  • 旧赤レンガ駅舎の基礎を支えた松杭

 東京駅一帯はかつて永楽町といわれ、江戸期には徳川一門の譜代大名の上屋敷が並び、権門を競っていた。だが、明治維新に伴う版籍奉還で、大名たちは国もとに引き揚げ、広大な屋敷群は空き家同然になってしまう。明治5年(1872年)2月26日、和田倉門の旧会津藩邸から火が出て、明治期東京で最初の大火となるが、空き屋敷に住み着いた浮浪者の失火だとされている。

 いわゆる「明治5年の大火」で、火は丸の内から銀座、築地一帯まで34か町を焼き尽くした。そしてこの大火は、それまで木造平屋の古い長屋が並んでいた銀座の街が、赤レンガ造りによる不燃建築の「銀座煉瓦(れんが)街」へと生まれ変わるきっかけになった。

 西洋の街並みを模して道路の拡張舗装なども政府主導で進められ、欧風化が花開く銀座煉瓦街とは逆に、永楽町から丸の内にかけての一帯は焼け跡のままに放置され、「狐狸(こり)の棲み家」となっていたらしい。

 その後、一部が陸軍省の所管になったが、対外戦争を意識して施設の移転を考えた政府は、その費用を捻出するためにこの一帯を売ることを決める。そこで白羽の矢が立ったのが、三菱社の2代当主岩崎彌之助。彌之助の子女は、当時の蔵相、松方正義の子息と結婚していた。松方の強い申し出で、岩崎側は結局10万余坪を128万円で購入する。これは、東京市の会計予算のほぼ3倍に当たる法外な値段だったという。

大正の赤レンガ駅舎を支えた松杭

 話を新・東京駅に戻そう。

 メディア向けの内覧会で、駅舎1階にある駅長室にお邪魔した。広さ56平方メートル。旧駅長室の備品がそのまま運び込まれているそうだが、私は執務机の後ろにある棚の上の飾りに目が留まった。東京駅を見学に来た子どもたちと一緒に収まったワンショットのほか、赤レンガのサンプル、駅舎のかわいらしいペーパークラフトなど。日本の中央駅を守る梅原康義駅長にとって、日々の緊張を少しばかり解きほぐす、癒しの小物なのではないだろうか。

 部屋の隅に置かれていた木の杭も興味深い。説明書きに「東京駅本屋基礎松杭」とあった。大正3年(1914年)に完成した赤レンガ駅舎の基礎を支えた松杭の先端部だそうだ。長さ6メートルもあり、支持地盤として十分な砂層まで貫入していたと聞いた。

赤レンガかと思ったら…リアルなブロックメモ

  • (左)秋山さやかさんの作品、(右)ヤマガタユキヒロさんの作品

 北口構内には、工事で一時休業していた「東京ステーションギャラリー」が、3倍の広さになって再オープン。2階展示室は旧駅舎のレンガや鉄骨が内装に生かされ、駅の歴史をしのばせる。来年2月まで「始発電車を待ちながら」と題した現代美術展が開催されている。若手を中心に9組が参加、東京駅や鉄道移動にまつわる喜びや発見がそれぞれの表現方法で切り取られている。

 自らの移動の痕跡を刺繍で表現する秋山さやかさん、建築物を鉛筆で細密に描き、そのパネルに東京駅出発直後の電車の映像を重ね合わすヤマガタユキヒロさんらの作品が並ぶ。

  • ペーパークラフト「待たせてごめんネ編」

 ギャラリー内ショップ「TRAINIART(トレニアート)」では、楽しいオリジナルグッズを見つけた。

 ギャラリーのロゴを手がけた廣村正彰さんがデザイン、赤レンガをモチーフにした「ブロックメモ」。1890円。積み上げると本物のレンガのようなリアルさに驚きだ。

 駅弁と思って手にとってみたら、中身はタオルの「東京駅 駅弁タオル」。タオルのたたみ方によって弁当メニューが変わるのだから面白い。梅、ゴマ、のりの3種類あって、各2100円。

 私のイチ押しは、テラダモケイデザインのペーパークラフト、100分の1建築模型の添景セット。東京駅の待ち合わせ場所、銀の鈴や動輪の広場がモチーフの「待たせてごめんネ編」などがある。1575円。その他、駅長室に飾られていたようなペーパークラフトが豊富で、見ていて飽きない。

  • ブロックメモ
  • 駅弁タオル

東京ステーションホテルには「点と線」の時刻表も

  • 「特急あさかぜ」の時刻表

 では、東京ステーションホテルへ。1915年に開業した同ホテルは、当初築地の精養軒が運営していた。昭和になって鉄道省直営の東京鉄道ホテルになるが、第2次世界大戦時の空襲で一時休館に追い込まれる。戦後復旧が進む1951年には営業を再開。川端康成や松本清張ら文豪が好んで滞在したことでも知られる。

 丸の内駅舎中央部の大屋根裏の大空間は、今まで倉庫として使われていたそうだが、宿泊者用のゲストラウンジに生まれ変わった。すりガラスの天窓から注ぐ自然光が目に優しい。書斎のような、ゆったりしたソファのスペースも落ち着く。

  • (左上)宿泊者用ゲストラウンジ「アトリウム」は開放感あふれる空間、(右上)「アトリウム」にある書斎スペース、(左下) 松本清張が滞在した部屋あたりに飾られた小説「点と線」。雑誌「旅」に連載されていた、(右下)ヒストリーギャラリーには、創建当時の駅舎の写真や絵も

 長い客室廊下を生かし、駅に関する歴史資料が展示されているのも見逃せない。名付けて「ヒストリーギャラリー」。松本清張が小説「点と線」を生み出したとされる客室2033号室(当時は209号室)あたりには、「4分間の空白」トリックに使われた「特急あさかぜ」の時刻表(1957年)も展示されていた。

バー「オーク」も名物バーテンダーと共に復活

 休館前のホテルの象徴的存在だった「バー オーク」は、店名も歴史も継承して復活。ここでマスターバーテンダーを務めるのは、半世紀に渡って同ホテルを支えてきた杉本(ひさし)さん、71歳。

  • 「バー オーク」はベテランバーテンダーの杉本壽さんがシェーカーを振る
  • オリジナルカクテル「東京ステーション」

 今回考案したオリジナルカクテル「東京ステーション」は、ジンのタンカレをベースにスーズというハーブの甘めのリキュール、ザクロのシロップを合わせ、フレッシュライムを加えた1品。「英仏日米、4か国の味をブレンドして、国際化する駅の雰囲気を表現したつもりです」と、杉本さんは言う。テーブルが旅行かばん風の造りで、引き出しを開けると旅の本が何冊か……。旅の出発点にこれ以上の場所はないだろう。

 もう一つのバー、「カメリア」も健在だ。ここではうれしいことに、以前レストラン「ばら」の人気メニューだったビーフシチューが食べられる。1915年開業時の初代総支配人、五百木竹四郎が生み出し、食通たちをうならせてきた伝統の味。創業当時からバーカウンターの壁に飾られていた「TOKYO STATION」の切り文字ロゴも内装に使われて、カジュアルでモダンな中にも昔の面影をひそませている。

  • 1950年代のホテルの入り口
  • 1950年代の「バー カメリア」
  • 復活した「バー カメリア」には、レトロな切り文字が飾られていた
  • 「バー カメリア」に付属した通路のスペースも。ワイングラスが似合いそう

 食べ物では、フランス料理レストラン「ブラン ルージュ」のランチメニューに注目。「時間のないお客様にも、フルコースを1時間で食べていただけるように」と、石原雅弘料理長の工夫が光る。前菜は松花堂弁当風に作った。中でも自信作は、蒸しアワビとエビの豆乳グラタン仕立てで、白みそが隠し味なのだとか。

 ところで客室だが、列車の往来を眺めることができる部屋は、スイートルーム2室とレギュラータイプの1室のみだそうで、なかなか競争率が激しい。客室を拝見して、私はじゅうたんの色が気になった。メゾネットの紫色系は落ち着いた中にもキュートさがあって素敵だった。ちなみに、話題のロイヤルスイートルームは黄色でまとめてある。

  • 「ブーラン ルージュ」のランチメニューにある松花堂弁当風に盛られた前菜
  • メゾネットのじゅうたんは紫色系でキュート

 ホテルといえば、スパのスペースにも注目だ。最近人気の人工炭酸泉の風呂があるのがうれしい。ただし、利用するにはいろいろと条件があるようなので、要チェック。

 宿泊客としてゆっくり1日ホテル内で過ごしたい――そんな気にさせる空間だった。

 (読売新聞編集委員・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)