ビルのふもとに「菜の花のじゅうたん」
春の訪れが待ち遠しいこの季節、東京・銀座8丁目にある銀座中学校そば、今は高速道路に変身した築地川跡にかかる千代橋を通りかかったら、桜の開花を発見!
といっても、伊豆半島の石廊崎あたりでみられる寒桜の園芸品種「カワヅザクラ」。地元のロータリークラブが寄贈した1本だった。淡い紅紫の華麗な花びらで、その周辺だけ、ひときわ華やいだ雰囲気である。
今年の桜の開花予想によれば、東京都心では3月27日あたりとか。桜のシーズンより 一足早く、菜の花が満開の場所があると聞いて、足を延ばしてみた。
千代橋から歩いて5分ほどの、旧浜離宮庭園名物の菜の花畑である。
同庭園は、江戸時代初期は徳川将軍家の鷹狩り場だった場所。6代将軍家宣の時代に「浜御殿」と称される将軍家別邸になり、鴨場や茶屋を整備・拡充、明治維新後は皇室の離宮になって、「浜離宮」と名前を変えた。
東京湾からの海水を引き入れ、潮の干満によって池の趣を変える様式の「
また、舟で運ばれてきたさまざまな物資は、内堀で陸揚げされたそうで、今も残る石積みの護岸は、江戸時代の水運の遺構として貴重な史料とされている。
庭園の周囲には現在、ホテルやオフィスビルなど高層ビルが立ち並ぶが、その足元には野鳥が生息し、四季の花々が咲き誇るなど、まさに「都心のオアシス」の風情があふれている。一角にある「お花畑」は、春は菜の花、秋はコスモスで埋め尽くされる。
30万本もの菜の花が香る黄色のじゅうたんに包まれると、ああ、春の足音が近づいているのが実感できますね!
向島で生まれた桜餅
公園をあとに、新橋演舞場方面に戻ると、明治40年創業の和菓子の老舗、清月堂本店ののれんが気になった。
風味たっぷりの十勝産の小豆を使った
桜餅の歴史をひもとけば、ルーツは、享保2年、1717年にさかのぼる。
隅田川東岸の向島を訪れた8代将軍徳川吉宗は、景色が寂しいからと、川の堤に桜の木を植えるように命じ、その結果、浅草から向島界隈の隅田川堤は桜の名所になった。
あるとき、向島・長命寺の門番をしていた男が、土手の桜の葉を拾って樽で塩漬けにし、餡入りの餅をはさんでみたところ、なかなかうまい。これが桜餅の始まりといわれている。その後、長命寺門前で売られた桜餅は江戸を代表する名物となり、年間40万個近くが作られたという。その味は、今なお向島名物として親しまれている。
「長命寺」と「道明寺」
ところで、桜餅には大きく分けて、小麦粉などを水で溶かしてクレープ風に焼いた皮を用いる関東風と、道明寺粉(米を蒸して乾燥させた道明寺ほしいいを荒く砕いたもの)を蒸して作る関西風の二通りがある。
清月堂のは、関東風の焼いた薄皮で包んだ上品な一品。桜の葉にはたいそうなこだわりがあって、海風を浴びて育った西伊豆・松崎町のものを手摘み、傷や変色などを厳しくチェックした後、木樽に並べて丁寧に漬け込むそうだ。
一方、昭和通りを越えた側の同じく銀座8丁目、萬年堂本店は、関西風の道明寺系。京都寺町三条で、御所や寺社に菓子を納めていた店がルーツだと聞いて、納得だ。何ともきれいな俵型。この季節、きんとんを使った「菜の花」の生菓子も見逃せない。
銀座の桜餅いろいろ
ほかに、銀座に本店を置く和菓子店の、私のおすすめ桜餅をご紹介すると……。
5丁目の銀座コアビル地下にある銀座・
今の季節、銀座限定のイチゴ大福が人気の銀座5丁目、銀座あけぼの自慢の桜餅は、餡を茶巾寿司のように包んだ独特の四角い形。白玉粉をたっぷり用いた皮はふんわりしっとり。桜花の塩味もアクセントになっている。銀座4丁目の交差点に近いせいか、外国人観光客の姿も多い。
銀座6丁目の空也は、最中で有名だが、桜餅もおすすめ。上野池之端で創業し、戦後に銀座の並木通りに移った同店は、茶室のように静寂なたたずまいだが、気取った感じはない。だが、すべて予約制。玄関には、「本日のもなかはすべて売り切れ」の案内が常にかかっている。最近は、ハングルでの案内文も加わった。韓国からの観光客も訪れるのだろう。
桜餅は関東風の焼き皮で、色粉は加えず、白いままの素材が美しい。こし餡は淡い色合いで、甘さを抑えた繊細な味わいが私の好みでもある。
ところで、桜餅を包んでいる桜の葉は、食べるのか? それとも、除くのだろうか?
私は、あの豊かな香りが好きなので、断然、「食べる」派である。元祖「長命寺桜もち」の店主は、「食べ物はやはりそれぞれのお好みで」としながらも、葉をはずして食べることを勧めていた。
春はすぐそこ……。口の中には、春の悦びがじんわりと広がっている。
(プランタン銀座取締役・永峰好美)