2010.11.12

美しい海岸を持つ海洋都市・アマルフィ

切り立つ崖に築かれた街

  • 世界で最も美しい海岸線の一つといわれるアマルフィ海岸
  • (左)夕焼けを背景に帆船が行き交う、(右)曲がりくねった路地に光と闇とが交錯する

 南イタリアのナポリから車で2時間あまり。ソレントからサレルノまでの約40キロの海岸線は「コスティエラ・アマルフィターナ」と呼ばれ、世界で最も美しい海岸線の一つといわれている。

 築地外国人居留地を取り上げた前回の小欄で、アマルフィについて触れた。今回は、機会あって10月に訪れた同地の旅リポートを写真中心でお届けする

 ジグザグに入り組んだ断崖絶壁をなぞるようにして、バスは急カーブを突っ走る。透き通る(あお)い海の広がりと、谷間の段々畑でそよ風に揺れるレモンやオリーブの枝の動き……。車窓に流れる風景は、旅人をまったく飽きさせない。

 背後に険しい崖が迫る小さな渓谷の斜面に、家々がぎっしり高密度で、奥へ奥へと重なるようにして築き上げられているのが、アマルフィの街の特徴だ。

 ピサ、ジェノヴァ、ヴェネツィアという北イタリアの海洋都市よりもいち早く、地中海を舞台にオリエント、北アフリカのイスラム世界との交易に活躍、10世紀には海洋都市国家として繁栄を極めた。

  • ベテランのコーヒー職人が入れるエスプレッソは美味

 最盛期のアマルフィは、地中海世界の国々から多くの商人や船乗りらが集った。その華麗なる歴史の足跡、アラブ・イスラム世界とのつながりの深さは、今でも街のいたるところで散見できる。

砂漠の民の理想郷

 ベテランのコーヒー職人がおいしいエスプレッソを入れてくれる店をあとに、港に開いた「海の門」を入ると、にぎやかな中心広場に出る。

  • (左上)地下礼拝堂には、アマルフィの守護聖人が眠る、(左下)「天国の回廊」は砂漠の民にとってのオアシスを連想させる、(右)アマルフィの象徴、ドゥオモ

 その正面奥にそびえるドゥオモ(聖堂)は、アラブ独特のアート的要素を盛り込んだ美しいファサードで知られ、この街の景観を象徴する存在になっている。創建は10世紀だが、現在のものはオリジナルではなく、19世紀後半の再改築で実現したという。とはいえ、アラブ風の外観が実にわかりやすく理想化して造形されている。

 入口中央にあるブロンズの扉は、11世紀にコンスタティノープルで鋳造(ちゅうぞう)されたもの。地下礼拝堂階段の下あたりには、13世紀、アラブ式の公衆浴場もあったそうだ。また、地下礼拝堂には、やはり13世紀に、コンスタンティノープルから運ばれた、アマルフィの守護聖人・聖アンドレアが眠る。

 聖堂の左手奥の「天国の回廊」には、ただただ圧倒された。もともと13世紀、上流階層の人々の墓地として建設されたもので、2本の円柱が対になった尖塔型アーチが交差しながら続き、中庭の中央にはトロピカルな植物群が植えられている。砂漠の民の理想郷、ヤシの生い茂るオアシスのような静寂で不思議な空間が広がっている。

イスラム文化の色濃く

  • (左上)「天国の回廊」からのぞむ鐘楼、(左中)目抜き通りのマヨルカ焼きの店先、(左下)和紙のようなやさしい手触り、(右上)手すきの紙もアマルフィの特産、(右下)路地の片隅には祈りのほこらも
  • (左上)魚介類のパスタ、(左中)アリーチのマリネ、(左下)イカとジャガイモの煮込み、(右上)エビのレモングラスソース、(右中)市場ではさまざまなレモンチェッロが売られている、(右下)レモンチェッロは食後に

 アーチの間から鐘楼(しょうろう)をのぞむと、緑や黄色のマヨルカ焼きのタイルで飾られた鐘室やアーチの造形にも、イスラム文化の影響が感じられる。 ドゥオモは当時、異国からはるばるやって来た人々にとっても精神的な支柱であったのだろう。キリスト教会であると同時に、イスラムのモスク的な役割も務めていたといわれている。

 目抜き通りには小さな土産物屋が軒を連ね、イスラム都市のスーク(市場)のように活気にあふれている。マヨルカ焼きの店やら、手すきの紙を売る店など、そぞろ歩きするのも楽しい。

 今回の旅のコーディネーター、フォトジャーナリストの篠利幸さんの案内で、ドゥオモの下にある古いレストランに出かけた。ムール貝がたっぷりのった魚介類のパスタ、小型イワシ、アリーチ(イワシの一種)のマリネ、イカとジャガイモの煮込み、エビのレモングラスソース……。どれも地中海の味覚でいっぱい。特産のレモンチェッロで締めくくった。

リゾート向き「ポジターノ・スタイル」

  • (左上)絵画のようなポジターノの街、(左中上)ポジターノ・スタイルはリゾート地では健在、(左中下)フローレのコスタ・ダマルフィ、アマルフィ沿岸ではワ イン造りも盛ん、(左下)フローレの静かな入り江、(右上)ジェラートはやはりレモン味で、(右中)あちこちでトンネルが頭上を覆う、(右下)10月といえど、のんびり海水浴する人も

 翌日は海岸線を西に、ポジターノに向かう。海へと続く急斜面に色とりどりの家々が連なる、絵画のように美しいリゾート地だ。

 歴史はローマのティベリウス帝の時代にさかのぼる。海賊の襲撃によって住みにくくなった近隣の土地からの避難民によって建設された街という。9~11世紀にはアマルフィ共和国の一部になって経済発展し、16世紀には中東に絹や香辛料を輸出、街は豊かになった。1960年代、レースと刺繍をほどこしたリネンのファッションが注目され、リゾート向きの「ポジターノ・スタイル」は今でも健在だった。

 曲がりくねった白く細い路地が複雑に入り組み、あちこちに頭上を覆うトンネルがあって、光と闇とが交錯している。そんなところは、アマルフィとも共通しているようだ。

 アマルフィ沿岸では、土地と気候の特性を活かして、ワイン造りも盛んである。「コスタ・ダマルフィ」という名の原産地呼称表示を認められている土地の一つが、フローレという地域である。ポジターノからの帰りにちょっと立ち寄った。

 「フローレ(furore)とは、激情、猛烈など、気性や気候が激しい様子を指す言葉。フィヨルドの入り江に響く嵐の波音に由来するというが、その海岸は、美しく穏やかであった。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)