2013.10.04

本をヒントに「終わり」と向き合う展覧会

 東京・日比谷にある千代田区立日比谷図書文化館で、刺激的な展覧会に出合った。

 タイトルは、「終わりから始まるものがたり」。昨春、日本科学未来館で開催された企画展「世界の終わりのものがたり~もはや逃れられない73の問い」をもとに再構成したものだそうだ。

25の「問い」の“森”をヒントとともに巡る

  • 思索の秋にふさわしい、日比谷図書文化館の展覧会
  • 会場のボードに自分の答えを書き込める、参加体験型なので楽しい
  • リンゴの木をイメージしたボードにも、たくさんの答えが貼られていた
  • 会場を巡りながら、展示された本からヒントを得よう
  • 「運命的な本との出会いは?」の問いかけに、漫画から哲学書まで様々な回答が…

 メイン会場の特別展示室に入ると、「ものがたりノート」と呼ばれるハンドブックが一人ひとりに手渡される。それを片手に、25の「問い」の“森”の中を巡り歩くのだ。

 「世界の終わりを想像したことがありますか?」

 「一番怖いものはなんですか?」

 「死んだらすべては終わりでしょうか?」

 「いつまでも若さを保ちたい? それとも年相応に老いていきたいですか?」

 「どこまで『わたし』なのでしょう?」

 「あなたの幸せとみんなの幸せは同じでしょうか?」

 「必要でないものはこの世界に存在するでしょうか?」

 「100年後の未来へとつなげたいものは何ですか?」

 「生きているあいだに絶対やってみたいことは何ですか?」

 「『終わり』から、あなたが始めるものは何でしょうか?」

 どの質問も、とても哲学的だ。恐らく、一つとして同じ答えは出てこないであろう。

 企画の趣旨は、こんな風に記されていた。「2011年3月11日に発生した東日本大震災は、私たちの『今』を支えているものがいかに危うく、もろいものであるかが明らかになった出来事でした。その事実から2年半を経た今、私たちは遠ざけてきた『すべてはいずれ終わる』という真実を踏まえ、人は何を大切に生きていくべきか、人は何を未来に残すことができるのかを、改めて問い直す時期にきているのではないでしょうか?」

 確かに、すべてのものごとには「終わり」がある。楽しい集まりも、人の一生も、そして、文明やこの世界も・・・。にもかかわらず、私たちは日々の忙しさにかまけ、「終わり」に真剣に向き合わずに過ごしているのではないか。いや、終わりがあることを意識するのが怖くて、このテーマに向き合うのを避けているのかもしれない。

 そんなことをあれこれ考えながら、靜かな会場をゆっくり歩き回った。

 答えに窮した時、ヒントを与えてくれるのが、質問ごとに近くの棚に置かれている参考書籍であった。

 たとえば、「いつまでも若さを保ちたい? それとも年相応に老いていきたいですか?」の問いかけには、4冊の本が指南してくれる。

 周囲が年を取っても、子どものままでいるネバーランドが登場する「ピーター・パンとウェンディ」(J・M・バリー)、60歳以上の女性のファッションを特集している写真集「Advanced Style~ニューヨークで見つけた上級者のおしゃれスナップ」(アリ・セス・コーエン」、老いを肯定し、年を取ることの楽しみを教えてくれる「老人力」(赤瀬川原平)、体力の限界に挑戦しつつ、40代後半になっても現役でのプレーにこだわる“キング”の生き方を記した「やめないよ」(三浦知良)の4冊である。

 その本に目を通したからといって、答えが見つかるわけではない。だが、ニューヨークの写真集をぱらぱらとめくっていたら、登場する高齢の女性たちがあまりにおしゃれで格好良くて、自信に満ちていて、年を取るのって素敵だなと、前向きな気持ちになった。

 「会場に並んだ100冊の本は、図書館司書がテーマごとに厳選したおすすめです。コメントはつけず、あくまでも思索の手がかりにしていただきたいという思いで選んでいます」と、同館のミュージアム企画を担当する学芸員、下湯直樹さんは話す。

 「どこまで『わたし』なのでしょう?」の質問があるコーナーには、コンタクトレンズ、携帯電話、日曜大工の道具など、毎日使っていて、空気のような存在ともいえる数々のものが並べられていた。たとえば、これだけ携帯電話が離せない日常を過ごしていると、それは『わたし』の延長上にある、『わたし』と一体化している、と考えてもいいのかもしれない。

100年後まで残したい18冊

 2階のコーナーでは、「100年後まで残したい18冊」の本が紹介されていた。同館の日比谷カレッジに登壇した16人の講師らにアンケートをとって選んだという。参考になるので、本のタイトルと著者名を挙げておきたい。

 幸田露伴「五重塔」

 プリーモ・レーヴィ「アウシュヴィッツは終わらない」

 司馬遼太郎「街道をゆく1 甲州街道、長州路ほか」

 ウィリアム・モリス「ユートピアだより」

 司馬遼太郎「坂の上の雲」

 近松門左衛門「曽根崎心中」

 國木田独歩「武蔵野」

 童話屋編集部編「復刊 あたらしい憲法のはなし」

 トマス・マロリー「アーサー王の死」

 青木正美「東京下町100年のアーカイブス」

 中里介山「大菩薩峠」

 司馬遼太郎「二十一世紀に生きる君たちへ」

 春日野八千代「白き薔薇の抄」

 紫式部「源氏物語」

 福永光司「荘子 内篇」

 ドナルド・キーン「Appreciations of Japanese Culture」

 プラトン「ソクラテスの弁明」

 サン=テグジュペリ「星の王子さま」

 深まりゆく秋。本を片手に、あなたなりの「終わりから始まるものがたり」を紡いでみてはいかがだろうか。

 同展は10月14日まで。入場料は一般300円。

(読売新聞編集委員・ 永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)