2010.09.03

「魔法の都」プラハにて

ビールで蘇る旅の記憶

  • 日本でも人気のある「ピルスナー・ウルケル」(「銀座 ガス灯」で)

 これだけ猛暑が続くと、普段はワイン派の私も、ぎんぎんに冷えたビールをぐびっと飲みたくなる。

 銀座3丁目、ガス灯通りにある「銀座 ガス灯」というバーには、世界各国のこだわりビールがそろっている。チェコのビールを求めて出掛けてみた。

 ありました!

 今ではビールの主流になっているピルスナースタイルのオリジナル、「ピルスナー・ウルケル」。

 黄金色に輝く外観、口に含むと、はじけるような炭酸の刺激に加えて、ホップのさわやかな苦味が広がる。その余韻を楽しみながら、いっとき、この夏のチェコ旅行に思いをはせた。

 8月のプラハ行きを思い立ったのは、プラハを舞台にした小池真理子さんの小説「存在の美しい哀しみ」(文芸春秋)を読んでからだ。

 プラハを描く「第一章 プラハ逍遥」には、たとえば、こんな文章がある。

 「プラハには、中世がそっくりそのまま息づいている。さかのぼった時間の中の風景が、街のいたるところに変わらず生きている。彫刻、尖塔、三角屋根、ドーム型の屋根、赤い屋根、青い屋根……それらすべてがちまちまと、愛らしく小さく、渾然一体となって立ち並んでいる」

パリ経由、プラハへ

  • プラハの「王の道」の起点になる火薬塔
  • (上)プラハの心臓部ともいえる旧市街広場、(下)様々な様式の建物が秩序を保ちつつ混在している

 パリ経由でプラハに到着すると、もう夜9時を過ぎていた。旧市街にあるホテルにチェックインして、すぐ街に飛び出した。そして、5分も歩かないうちに、小池さんの描いた「プラハ」を感じることができた。

 プラハの街は、ヴルタヴァ川をはさんで右岸と左岸に分かれ、右岸に旧市街と新市街、左岸に小高い丘に建つ美しいプラハ城とマラー・ストラナ地区(小地区)がある。シンプルな街の地図は、すぐに頭に入った。

 私のホテルは「火薬塔」のすぐそばにあった。「王の道」と呼ばれる約2500メートルに及ぶ歴史的な道の起点でもあり、14世紀ごろから数世紀にわたり、歴代の王の戴冠パレードが行われてきたところである。

 かつては城壁の門として活躍した黒い塔は、17世紀に火薬倉庫として利用されるようになり、現在も「火薬塔」の名で親しまれている。

 古くから商人たちの交易ルートとして栄え、今はみやげ物店でにぎわうツェレトゥーナ通りを抜けると、プラハの心臓部ともいえる旧市街広場に出る。「王の道」は、この先、カレル橋を渡って対岸のプラハ城まで続く。

 広場を印象深くしているのは、天空を刺すようにそびえる2本の尖塔が特徴的なティーン教会をはじめとして、ゴシック、ルネサンス、バロックなど、この街の歴史をつくってきたあらゆる様式の建物群だ。異なる時代、デザインが混在しているにもかかわらず、すべてが整然と、秩序を保って存在している。

 「愛らしく小さく、渾然一体となって立ち並んでいる」――まさに、そんな表現がぴったりだと思った。

ビール消費量世界一の国

 私の驚きは、路地裏にあった。人の波から逃れるように、ティーン教会の裏の路地に入る。赤茶けた壁に無造作に張られたレトロなポスター、薄暗いショーウィンドーに並ぶ哀愁を帯びたマリオネットたち……。

 石畳の道は、折れ曲がり、カーブを描き、迷路のようにどこまでも続き、カフカの小説にでもあるような不可思議な世界に引き込まれる。シンプルさと複雑さ、秩序と混沌。ヨーロッパの「魔法の都」とは、この街の印象を実によく表している言葉である。

 再び広場に出ると、カフェのテラスで、ビアホールで、夜遅くまでビールのジョッキを傾ける陽気な人々の光景があった。

 国民1人当たりのビール消費量世界一のチェコ。チェコ人は日本人の3倍も飲んでいる。どんな田舎に行ってもその土地の地ビールがあり、チェコ人にとっては、生活必需品ともいえるだろう。

  • 迷路のように続く石畳の路地を散策
  • 夜遅くまでビールジョッキを傾ける人々でにぎわうカフェ

チェコを代表する2つのビール

  • 旧市街のビアレストラン「ウ・メドヴィドクー」は昼間から客足が絶えない
  • (左上)チェコは列車の旅が楽しい、(右上)米国の「バドワイザー」の名前の由来になったブドヴァイザー・ブドヴァル、(左下)駅で缶ビールを買って、車内に、ブドヴァイザー・ブドヴァルのお膝元、(右下)チェスケー・ブデェヨヴィツェ駅
  • 「世界で最も美しい街」と形容されるチェスキー・クロムロフ

 冒頭でご紹介した「ピルスナー・ウルケル」を置いている店はとても多い。19世紀なかば、プラハの南西にあるピルゼン(プルゼニュ)で誕生したので、現地では「プルゼニュスキー・プラズドロイ」ともいう。

 この土地で育つ大麦とホップの質が高く、また、ヨーロッパでは珍しくアルカリ度の低い軟水で酵母との相性がよかったため、それまでの濃褐色のビールとは異なる、黄金色のピルスナービールが生まれたのだという。

 翌日は、チェコでもう1つ有名なビール、ブデェヨヴィツキー・ブドヴァル(またはブドヴァイザー・ブドヴァル)を飲ませる旧市街のビアレストラン「ウ・メドヴィドクー」に行った。

 米国の有名ブランド「バドワイザー」の名前の由来になったといわれるビールである。ビール通ではないけれど、芳醇なホップの味わいが強調され、深いコクがあることはわかった。私の知っている「バドワイザー」とは、まったく異なる美味しさだった。つまみに豚肉のローストを注文したところ、ビールがどんどん進んだ。

 さてその翌日、「世界で最も美しい街」と形容されるチェスキー・クルムロフを目指し、プラハ駅から列車に乗って移動した。約3時間半の列車の旅で、途中チェスケー・ブデェヨヴィツェで乗り換えたのだが、ここが13世紀半ばに創業したブデェヨヴィツキー・ブドヴァルのお膝元だと聞いた。さっそく駅で缶ビールを購入。きりりと引き締まったホップの苦味が忘れられない。

 石畳の迷路の記憶が懐かしくなったら、また、チェコビールを飲みに繰り出すことにしたい。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)