カナダ発祥の「キャンドルナイト」
ろうそくの灯りがこんなにも温かいものなのか――再発見させてくれるイベントが、週末の東京・銀座で行われた。
「トウキョウミルキーウェイ」という団体が主催する「銀座☆夜のギャラリー巡り」である。銀座界隈に点在するギャラリーを、アーティストの案内人と一緒にいくつかはしごするという内容だ。この日に限って、照明を落としたギャラリー内にはろうそくが置かれていて、薄暗い中でその灯りを頼りにアートを鑑賞する。
照明を消してろうそくの灯の下で過ごしてみようという「キャンドルナイト」の企画の一環。
もとをたどれば、カナダで原子力発電所の建設反対を訴える自主停電運動がきっかけだった。「原発反対を100万回叫ぶよりも、一人ひとりが日常生活で電気を点けない時間を体感していく方が本当に平和な暮らしにつながる」との考え方から、日本では、2003年の夏至日(6月22日)に「100万人のキャンドルナイト」がスタート。毎年、夏至と冬至の夜を中心に開催されている。
また、その前後の期間には、今回ご紹介するギャラリー巡りのような様々なイベントが全国各地で行われており、年々参加者も増えている。今年は、もう1つの浅草橋でのギャラリーツアーと合わせると、100名近くが参加した。
薄明かりの中、感覚を研ぎ澄ませて
6月の最終土曜日の午後7時。私が選んだツアーのメンバーは、銀座1丁目の「K’s Gallery」に集合した。
壁際の床に並ぶろうそくの灯りをたどっていくと、スペースの奥に、インパクトのあるアートを発見。反戦活動家としても知られる増山麗奈さんの即興アートだった。
広島の原爆被爆者である丸木位里、俊夫妻作の「原爆の図」にインスピレーションを受けて描いたという。日本人が決して忘れてはならない戦争の悲惨な記憶だが、フロアに置かれた家族の絵にはどこか安らぎが感じられ、静かな祈りの気持ちへと導いてくれた。それは、周囲に灯る高野山から取り寄せたろうそくの灯りに守られているせいだろうか。
LEDを使った壁際のボックスアートは、桐村茜さんの作品。薄暗い空間の中で、黒田オサムさんの即興パフォーマンスが演じられた。パリ・コミューンで活躍したルイーズ・ミシェルや、日本のダダイズムの中心的思想家の一人だった辻潤をモデルにした、硬派のテーマ。ぴーんと張りつめた空気の中で、「パリ・コミューン」も「ダダイズム」もあまり縁がないといった風に見受けられた若者たちも、しばし歴史をさかのぼり、時の流れを楽しんだようだった。
では、二番目のギャラリーに出発だ。ろうそくの灯りが頼りだったギャラリーから銀座の街に出ると、普段見慣れているはずのネオンが痛いくらいにまぶしい。
移動中の灯りも「行灯」で
ここは、2009年1月23日の小欄の最後の方で紹介したことがあるが、私のお気に入りのスポットでもある。
昭和初期、作詞家の西条八十が住まいにしていたアパートで、いまは20近くの小さなギャラリーが入居している。
訪ねたのは、2階にある2つの画廊。
「アートスペース銀座ワン」では、「鼓動」というタイトルの興味深い写真アートに出会った。ここでは背後からスポットライトが当てられ、床に置かれたろうそくの灯りにもシンクロして、不思議な躍動感を醸し出していた。
純画廊の「夏が来る!」では、海と宇宙の神秘や謎の魅力に一瞬にして引き込まれた。蒸し暑い東京の夏を吹き飛ばすような、清涼感も感じさせる若手作家の作品だった。
目に映るもの全てがアートに
お次は、2丁目の「ギャラリーG2」へ。機械類の輸出入を専門にしていた米井商店が本社ビルとして昭和初めに完成させたヨネイビル(東京都選定歴史的建造物)隣りの建物にある。
ここでは、キャンドル作家のmeggyさんが、真っ赤なバラをあしらったり、パステル調のやさしい色を集めたり、雰囲気の違うさまざまなろうそくアートを披露していた。見上げると、真紅のゴージャスなシャンデリアが展示されている。それもろうそくだと聞いて、王宮にいるごとくロマンチックな気分が倍増した。絵画担当の33STRIKEさんとのコラボレーションもポップな感じで楽しい。「まったく打ち合わせなし」と聞いて、これまた驚いた。
最後は、15分ほど銀ブラしながら8丁目の「ギャラリーナミキ」へ。美大の通信講座で学んだという鷺たまみさんの、陶による造形作品の個展。銀座並木通り沿い、ガラス張りの奥に広がるスペースで、何かがうごめいているような“生命の叫び”的なるものを感じたのは、私だけだっただろうか。
会場に入り、ろうそくの灯りの中にたたずむ参加者たちの談笑風景を背景にして作品を見直すと、それ自体が薄暗闇のアートになっていることに気づく。
銀座の片隅で、静かな時間が過ぎていった。
(プランタン銀座取締役・永峰好美)