2014年11月アーカイブ

2014.11.21

共通の言語「ワイン」で日中文化交流

  • 「日中グレイス対決」に登場した、ジュディ・チャンさん(左)と三澤彩菜さん

 約3年ぶりに日中首脳会談が実現した今月、会談の日からさかのぼること約1週間前、東京・銀座近くの高層ビルの一角で、興味深い催しが開かれた。

 ワインを通した日中文化交流の集いである。

 当日集まったのは、関東圏のワイン愛好家を中心に約120人。世界的に有名なワイン専門誌「デキャンター」からは香港駐在の記者が取材にやって来て、大いに盛り上がった。また、中国大使館からは報道官が駆けつけ、「白酒をよく飲むけれども、最近はワインを飲む機会が増えた。ワインという共通言語で日中の民間交流を盛り上げる企画は素晴らしい」などと語った。

二つの国の「グレイス」の娘たち

 催しの目玉は、「日中グレイス対決」と題するトーク企画。中国からは、中国の家族経営ワイナリーとして評価の高い「グレイス・ヴィンヤード」のCEO、ジュディ・チャンさん。日本からは、「グレイスワイン」の愛称で親しまれ、世界最大規模のワインコンクール「デキャンター・ワールド・ワイン・アワード2014」で日本ワインとして初の金賞を受賞した、中央葡萄酒(山梨県甲州市)の醸造責任者、三澤彩菜さんが登場した。

 たまたまアジアで同じ「グレイス」の名前を持ち、年齢もほぼ同じ30代半ばの2人の女性。ワイナリー経営者と醸造家という違いはあるが、共通する点も多く、話がはずんだ。

 特に興味深かったのは、父親と娘の関係についてであった。

 ジュディ・チャンさんは、香港育ちで、証券会社のゴールドマン・サックスの出身。資産家の父が、1997年のアジア通貨危機を契機に中国国内の物件をいくつか整理することになり、父親自身がずっとやりたいと夢見ていたワイナリーを山西省に拓(ひら)いた、その5年後、父から経営を任されることになる。当時24歳。ワインビジネスについて一から勉強し、「品質の向上と販売先の限定」、「広告ではなくメディア露出でワイナリーをPR」といった手法で、評価を高めていった。

 「人気が出てきたのだから1000万本に増産せよと、父が言った時には、それでは品質が落ちてしまうので、反対しました。父は、夢を追いかけるタイプの人間なので、いろいろ葛藤はあるけれど、父が選んだワイナリー経営という仕事は、間違っていない。それを証明するために、私は頑張っているように思う」と、チャンさんは言う。

  • 最初の乾杯は、ロゼワインで
  • 中国「グレイス・ヴィンヤード」の「チェアマンズ・リザーヴ2009」は、父に敬意を表して造ったもの

偉大な父の背中をさすったり…

  • 中央葡萄酒を代表する「キュヴェ三澤」(左)とスパークリングの「グレイス・トラディショナル・メソッド」

 対する三澤彩菜さんは、1923年から続くワイナリーに長女として生まれた。4代目社長の父は元商社マン。彩菜さんは、大学卒業後、フランスなどでワイン醸造を学び、醸造家の道を選んだ。「父の存在は大きいです。あれ、これは私の考えと違うなと感じたら、いろいろ議論して、教えてもらっている。実はまだ、経営者としてワイナリーを継ぐかどうかは決心できていないんです」

 三澤さんは、そんな思いを率直に語りながら、こう言った。「偉大な父の背中は、さすったりなでたりするよりも、追いかけて、さらに追いかけて・・・。段々と小さく丸くなってきた背中に気付いたら、一緒に荷物を背負って、ああ、やはりこの道を選んだのは間違いではなかったと確信し、そしてまた、歩み始める。父とはそんな関係でいたいなと思っています」。その言葉に、チャンさんも、大きくうなずいていた。

  • 二胡奏者のビアンジ―さんが日中両国の懐かしい曲を演奏

 日本と中国。二つの国の「グレイス」の娘たちにとっての大きな父親の存在と、深い愛情と。共感する点は少なくなかったようだ。二胡奏者のビアンジ―さんの、哀愁帯びた音色に耳を傾けながら、「対決」というよりも、ワインを通してとても温かい気持ちになる催しであった。

 (読売新聞編集委員・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)