ロッティセリという回転する焼き肉器であぶり焼きした羊肉や牛肉をナイフでそぎ落とす――最近、アナトリア地方の伝統料理、ドネルケバブの屋台を随分と見かけるようになってきた。
アナトリアは、小アジアとも呼ばれる。アジアとヨーロッパにまたがる国トルコの大部分を占める、アジア大陸側の半島部分だ。
銀座5丁目、高層ビルへの建て替え工事が進む旧松坂屋銀座店跡地のすぐそばで、トルコ国旗を見つけた。
急な階段で地下に下りると、「コンヤ」という名のトルコ料理レストランがあった。さっそくドネルケバブを注文。辛めのスパイスがしっかり効いていて、本場の味だ。バターライスと一緒にいただく。シェフは、12世紀のセルジュク時代に交易の中枢として栄えた、西アナトリアのコンヤ出身なのだそうだ。
“妖精の煙突”“点在する地下都市”…カッパドキア
初夏に初めてトルコを旅した。コンヤに近い、観光客に人気のカッパドキアでは、妖精の煙突とも呼ばれる奇岩の群れに圧倒されつつ、深い信仰に支えられた人々の地道な生活の営みがあちこちに感じられた。
カッパドキアには数多くの地下都市が点在する。そのうちの一つ、カイマクル地下都市を訪ねた。深さ55メートル、地下8層。各層に200人くらい収容できた。大部分は、キリスト教を信仰するビザンティン帝国が支配していたこの地に、イスラム化したトルコ族が勢力を拡張し始めた9-10世紀に掘られたもののようだ。
内部は狭いトンネルや階段で結ばれていて、迷路そのもの。教会、集会所、台所、居室、家畜小屋、墓地などあらゆる暮らしの機能が備えられ、地表に抜ける通気孔も各所に設けられていた。粉をひく石臼やワイン醸造の場所も確保されていて、興味は尽きない。岩でできた円盤状の回転扉は、敵が迫って来た時に、これを転がして通路をふさいだという。
“ウラルトゥ語”“ワン猫”“ノアの箱船漂着地”…東アナトリア
今回の旅では、実はあまり日本人にはなじみのない東アナトリアを巡った。
東アナトリアは、グルジア、アルメニア、イラン、イラクなどと国境を接している。西部に比べて欧風化の影響が少なく、トルコらしいトルコが残っているともいわれている。万年雪をいただく山々に囲まれたワン湖は、琵琶湖の約6倍の広さの塩湖だ。湖畔に残る城塞は、古代王国ウラルトゥの繁栄を物語る。
ウラルトゥ王国は、鉄の精錬や騎馬技術で栄えたヒッタイト帝国滅亡後、紀元前9世紀頃に誕生した王国。東西約2キロに及ぶ城塞が築かれたのも、その頃だ。紀元前6世紀初め、遊牧民のメディア・スキタイ連合軍に滅ぼされるまで、コーカサス地方への中継点として重要な位置を占めた。
城跡の岩壁に、当時の王の業績をたたえる
ワンの街で皆から愛されている名物というと、ワン猫がいる。特産のキリム工場を訪ねた時、その正体がわかった。なんと、左右の目の色がイエローとブルー。違うのだ。突然変異で生まれるそうで、貴重種として大事にされている。
東アナトリアでは、トルコ最高峰、標高5000メートル超のアララト山が有名だ。
アララトは、旧約聖書でノアの箱船が漂着したとされる山。映画でも話題の場所だ。麓のドウバヤズットからミニバスを乗り継いで、地元の人が「Gemi(船)」と呼ぶ現場を見に行った。
船形地形の台地の下にノアの箱船が埋まっていたというのだ。聖書に書かれている箱船と大きさが一致する、いかりとおぼしき物体の一部を発見…。1980年代にアメリカの資産家が大掛かりな調査に乗り出し、幾度か新聞報道もされ、その資料を収集している資料館もあった。夢のある話ではあるが、今までに木質は検出されていないそうで、真相は定かではない。
(読売新聞編集委員・永峰好美)