2014年6月アーカイブ

2014.06.20

“ロマネ・コンティ”の歴史~サン・ヴィヴァン修道院

銀座の片隅でさりげなく…

  • 銀座8丁目の「八官神社」のお隣は酒屋さん

 解体作業が始まっている銀座8丁目の「ホテル日航」ビルの裏手に、ひっそりたたずむ神社がある。

「八官神社」といって、金運アップの御利益があると名高い、宝くじファンにはおなじみの神社だ。

 このあたり、旧地名を「八官町」という。17世紀初め、オランダ人ヤヨウス・ハチクワンに下賜(かし)された屋敷地に由来するのだそうだ。もともとは「穀豊稲荷」として町民に親しまれていた氏神であったが、区画整理でなくなる旧地名を残そうと、「八官神社」と改名された。ビルの谷間に、こういう神社がさりげなくおさまっているのが、銀座である。

 神社の隣には、御神酒(おみき)を扱う酒屋がある。といっても、ここ「銀座フェリーチェ」の主力商品はワインだ。高級クラブが多い土地柄、棚にはかなり値の張る商品がずらり。しかも、案内にある通り「呑めるワイン屋」。奥のカウンターで、高級ワインをグラスでいただけるのが特徴だ。

 サンテミリオンの「シャトー・フィジャック(2007年)」が1800円、ブルゴーニュのモンジャール・ミュニュレ「クロ・ド・ブージョ(2011年)」が2000円など。フランスワインが中心だが、一番人気は、カリフォルニアの「オーパス・ワン(2010年)」2800円だと聞いた。

 ふと頑丈なカギで厳重に保管されている冷蔵庫を見ると、中には、DRC(ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ)など1本ウン十万円という値段のついた超高級ワインが眠っていた。銀座だと、こういうワイン需要も少なくないのだという。さすがに、グラス売りはしていなかったけれど。

  • 「高級ワインがグラスで飲める」が売りの「銀座フェリーチェ」
  • カウンターで、フランスの赤ワインをいただきました。温度管理も行き届いています

DRCのヴィレーヌ氏来日

 ところで、先日、8年ぶりにDRCの共同経営者であるオベール・ド・ヴィレーヌさんが来日した。ブルゴーニュワインのファンが多い日本で、サン・ヴィヴァン修道院の修復・保存活動への理解と協力を求めるのが、目的だった。

修道院の歴史

  • 8年ぶりに来日したオベール・ド・ヴィレーヌさん
  • 中世末期のサン・ヴィヴァンの復元図を示しながら行われた、ヴィレーヌさんの講演
  • 修道院保存運動の日本側の会長、山本博さん(左)とヴィレーヌさん
  • 日本語訳も出版された非売本。寄付者にのみ配られる
  • ヴィレーヌさんを囲む会で出されたワイン。DRCが造る白の「オー・コート・ド・ニュイ」も

 時は、紀元900年頃。現在DRCのあるヴォーヌ・ロマネ村から西へ10キロほどのオー・コート・ド・ニュイのヴェルジィに、フランスでもっとも難攻不落といわれた城があった。スタンダールの「赤と黒」の舞台にもなった場所である。

 城のあった小高い丘の中腹に建てられたのが、サン・ヴィヴァン修道院。ノルマン人(バイキング)の侵攻により追い立てられ、庇護(ひご)を求めてきた修道僧たちに、ブルゴーニュ公が与えたものだった。修道僧たちは、熱心に土地を耕し、ピノ・ノワールを植えた。そのブドウ畑が、のちに「ロマネ・コンティ」や「ロマネ・サンヴィヴァン」を産み出すことになる。

 「自分たちの土地から世界で最も優れたワインが誕生するとは、修道僧たちは考えてもみなかったことでしょう」と、ヴィレーヌさんは言う。

 しかし、美しかった修道院も、フランス革命で破壊され、その後も修復されることなく長い年月の中、廃虚と化した。こうした歴史的史跡の状況を憂えて、1990年代、修道院の敷地を買い戻し、復興・保存運動に乗り出したのが、ヴィレーヌさんだった。

 「ここには、幾世紀もの間暮らしてきた人々のエスプリ(精神)が残っている。こうした文化を残し、伝えたいという情熱で、運動を続けている。今は何でもスピーディーに事が進んでいくが、2000年という歴史の重みを、ワインの造り手としてもしっかり受け止めていきたい」と語る。

保存活動への賛同・寄付金を募る、有志へのお礼は貴重本

 10年ほど前から建物の保護工事が始まり、考古学者や歴史学者の協力を得て、多くの貴重な史料も発掘された。資金はフランス政府からの補助金にとどまらず、運動に共感した世界中のワイン愛好家らの寄付でまかなわれている。現在第一期工事が一段落しており、それを機に、成果を「ヴェルジィのサン・ヴィヴァン修道院」という本にまとめた。

 日本でも、弁護士でワイン研究家として著名な山本博さんを中心に修道院の保存を支援する会が組織され、翻訳本が出版された。非売品で、一口1万円の寄付をした人にお礼として渡す。寄付は、ヴィレーヌさんが会長を務めるサン・ヴィヴァン修道院協会で今後の修復・保存事業に役立ててもらう。既に、日本から1万ユーロが寄付された。

 本には、当時の修道院で使われていたミサ典書の写本など、宗教史的にも興味深い史料が載っている。銀座で出会った1杯のワインから、1000年以上前のブルゴーニュのブドウ畑に思いを巡らせるのは、楽しいひとときだった。

 なお、日本で修道院保存を支援する「日本サン・ヴィヴァン修道院協会」事務局は、東京都港区南青山5-4-35―501 日本輸入ワイン協会内。電話03・6450・5547。

(読売新聞編集委員・永峰好美)

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2014.06.06

踊りと食、日本の文化を総合的に楽しむ「東をどり」

  • 新橋演舞場近くには、「東をどり」のちょうちんがかかる
  • 美しい着物姿の女性も多い

 今年で90回目を数える「東をどり」に行ってきた。新橋花街の初夏の風物詩で、5月24日から27日までの4日間、銀座6丁目の新橋演舞場で開かれた。

 演舞場には、開演前から長蛇の列。毎年この催しを楽しみに、はとバスで乗り付けるというおばあちゃまたちのグループもいて、そのおしゃべりを聞いていると、こちらもうきうきしてくる。(りん)として美しい着物姿の女性も多く、開演前から正面入り口周辺は、早くも華やいだ雰囲気に包まれていた。

 新橋演舞場の創設や東をどりのはじまりについては、2011年5月27日付の小欄で書いたので、ご興味のある方は参考にしていただきたい。

復興支援への特別な思い

 2011年以降の「東をどり」には、踊りのプログラムをはじめ、演舞場のあらゆるところに、被災地・東北の復興支援への特別な思いが込められている。

 以前、東京新橋組合頭取の岡副真吾さんにお話を伺った時、「被災直後、まず優先されるのは命、続いて、生活の基本となる衣食住。さらに、人がひとらしく、きらきらと輝いて生きていくためには、文化は不可欠なものではないだろうか。先達が築いてきた伝統芸の灯は守らなければなりません。日本の踊り、音楽、料亭の食文化などが一つにまとまって体験できる東をどりは、日本人の心の潤いであり、誇りでもある。文化復興の一翼を担うことができるのでは」と語ってくれた。今年のプログラム第二部は、「にっぽんの四季」をテーマに据えた。春の巻は、太閤秀吉の「醍醐の花見」、夏の巻には、人気芸者の喜美勇さん演じる「滝の白糸」の水芸が登場。秋の巻は、「陸奥の旅」と題して、東北地方の民謡「さんさ時雨(しぐれ)」や「大漁唄い込み」などの踊りが、地方色豊かに、エネルギッシュに展開された。

特産食材と知恵や伝統のコラボ、料亭の食…グルメ巡り

  • (左)「やっぱ銀座だべ」プロジェクトのコーナー (右)三陸気仙沼産の厚焼き笹かまぼこ
  • (左)「丸の内シェフズクラブ」が協力した缶詰 (右)三陸特産の金華サバとムール貝が楽しめる汁もの

 「東をどり」では、幕間のグルメ巡りも楽しみの一つである。2階のロビー中央には、昨年4月から始まった「やっぱ銀座だべ」プロジェクトの企画商品が並んでいた。被災地の特産食材と、銀座の企業や商店が持つ知恵や伝統を結びつける試みだという。

 私が注目した一つは、三陸気仙沼産の厚焼き(ささ)かまぼこ。吉次(きちじ)という高級魚のすり身が入っているそうで、ぷりぷりした食感がたまらなく美味(おい)しかった。

 もう一つ、石巻の水産加工会社と東京の「丸の内シェフズクラブ」が協力して完成させた「山椒(さんしょう)香る金華サバとムール貝とたっぷり野菜のお(わん)」という缶詰。三陸沖で取れた脂ののった金華サバとこれも三陸でたくさん取れるムール貝を使っている。

 自宅に戻って、開けてみた。野菜のうまみと昆布だしがきいていて、ほんのり山椒の香りがアクセントになっている。いやはや、缶詰といっても、これほど美味(おい)しくいただけるものに進化しているとは、新たな発見だった。

 今回興味深かったのは、普段なかなか行く機会のない、新橋の料亭の卵焼き食べ比べ。私は、新喜楽、金田中、吉兆の三つの卵焼きを、獺祭(だっさい)をグラスでちびりちびりやりながら、いただいてみた。卵焼きといっても、ふわふわ感、甘さなど、どれも違う。私は口の中でとろけるような柔らかさの金田中のが好みだったが。

 さて、幕が下りて、本格グルメタイムの始まりだ。地下の食堂で松花堂弁当が待っていた。同じ献立で、新橋の6料亭がそれぞれにつくり、競い合っているのだから面白い。お客は、どの店の弁当がくるかは、ふたを開けてからのお楽しみである。

 私のは、金田中のものだった。マスの木の芽焼き、ソラマメの蜜煮、ウナギの白板昆布煮、稚アユ空揚げ…など。周りをみると、異なる料亭のものを互いに分け合って味比べしている人も多かった。

 帰り際、うちわや扇子のコーナーをひやかし、銀座くのや見たての朝顔の手ぬぐいと、松崎煎餅がつくる「東をどり煎餅」をおみやげに。

 非日常に(うたげ)文化へのトリップ。「ほんと、日本人でよかったあ」。そうつぶやきながら演舞場を後にした。

  • 新橋料亭の卵焼き食べ比べは面白かった
  • おみやげに買った「東をどり煎餅」

  • どこの料亭の松花堂弁当か、開けてからのお楽しみ
  • (左)金田中のお弁当 (右)吉兆のお弁当

  • 芸者さんも会場でおもてなし
  • 東をどりのフィナーレ 黒の裾引きで登場する (公文健太郎撮影)

(読売新聞編集委員・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)