2014年2月アーカイブ

2014.02.28

フィリップ・ミル氏来日 帝国ホテル特別メニュー

フランスの名門レストラン「レ クレイエール」の救世主

  • 豊かな緑がまぶしいシャンパーニュ地方ランスの「レ クレイエール」

 フランス・シャンパーニュ地方の都市ランスの街中にあって、敷地7ヘクタールの豊かな緑に囲まれたオーベルジュ。

 「ボワイエ」と呼ばれて親しまれてきたレストラン「レ クレイエール」には、10年以上前になるが、1度だけ行ったことがある。

 フランス料理界の巨匠、ジェラール・ボワイエ氏の片腕で、同レストランで1995年から9年間も三つ星を維持したティエリー・ヴォアザン氏が、東京・日比谷の帝国ホテル「レ・セゾン」に移ったのは2005年のこと。同ホテルの小林哲也社長(当時)と田中健一郎総料理長に見初められ、以来、「レ・セゾン」の顔として腕をふるっている。

 「レ クレイエール」は、ボワイエ一族が経営から離れ、ヴォアザン氏もいなくなったことで、一時輝きを失っていた。ところが、2010年、フィリップ・ミル氏という新しいシェフを迎えることで、12年、メインダイニング「ル パルク」が2つ星を獲得。再び注目のレストランに返り咲いた。パリの「ル・プレ・カトラン」や「ムーリス」など名門レストランで研鑽(けんさん)を積んできた人だ。

 そのミル氏が来日し、先日帝国ホテルで5日間だけ特別メニューを提供するという機会に遭遇した。

  • 荘厳なシャトーには20室の宿泊施設もある
  • 「レ クレイエール」のメインダイニング「ル パルク」

最高の食材をふんだんに。美しすぎて…

  • シャンパーニュがこれだけそろうと壮観だ! ソムリエの伊藤靖彦さんのサービスで

 どんな料理が並んだか、紹介しよう。

 まず、シャンパーニュの「ドゥーツ」をマグナムからいただきながら、マグロのタルタルや生姜のババロアなどのアミューズ。

 続いて、鴨のフォワグラとシャンパーニュ地方で造られる赤ワイン「コトー・シャンプノア」で風味付けしたジュレの組み合わせ。渦巻き状のものは、コンソメのゼリーを甘酸っぱく仕上げたリンゴで巻いていた。

 魚料理は、ブルターニュ産のタラ。ナイフを入れると身が美しくほぐれ、鮮度の良さを物語っていた。貝とさくさくした食感のコールラビ、モリーユ茸が合わさり、オゼイユの独特の酸味がアクセントに。

 肉料理は、ブレス産の鶏肉とフォワグラのミルフィユ仕立て。たっぷりのトリュフと、コーヒーで香りづけしたソースが味わいに深みを与えていた。ワインは、フレデリック・マニャンの「シャンボール・ミュジニー」(2007年)に。

 とろりとしたスープ仕立てのイチゴとライムのソルベで口直しをしたら、鏡のように表面に艶のあるチョコレートのデザート。あまりに美しくて、食べるのがもったいなかった。

  • (左上)アミューズ3種 (右上)鴨のフォワグラ (左下)ブルターニュ産のタラ (右下)ブレス産の鶏肉
  • (左上)フレデリック・マニョンの「シャンボール・ミュジニー」 (右上)スープ仕立てのイチゴ (左下)チョコレートのデザート (右下)コーヒーのお供に

  • 「レ クレイエール」の星を甦らせたフィリップ・ミル氏

 来日したシェフのフィリップ・ミル氏(39)に日本の印象などを聞いた。

 ――来日は何度目ですか?
 「仕事では初めて。でもバカンスでは10回以上来ているかな。とても美しい国で、誰もが礼儀正しい。東京、京都、大阪、それぞれに雰囲気が違うし、自然に恵まれた地方都市もいい」

 ――今回の料理の特徴は?
 「素材を生かすことを心がけた。基本はいつも作っている伝統的なフランス料理だけれど、量は少なめ、味つけは塩分を控えるなど若干軽めにした」

 ――料理人を志したのはなぜ?
 「24時間耐久レースで知られるルマンの近くの出身。田舎なので、自宅の周りは食材の宝庫。幼い時から料理するのが好きだった」

 ――尊敬している料理人はいますか?
 「フランス南西部バスク地方のビアリッツにある『オテル・デュ・パレ』のジャン・マリー・ゴーティエ氏。2009年にボギューズ国際料理コンクールで優勝した時の技術指導者でもあった。料理するにあたって、人に感謝し素材に感謝するといった姿勢に深く共感している」
 「一つひとつの素材を尊重し、あらゆる人、ものに感謝の気持ちを捧げるというのが、私の料理哲学。それは日本人の心とつながるのではないでしょうか」

 ――そういえば、奥様は日本人だとか。
 「私がパリのレストランにいた時、パティシエとして働いていた同僚です」

 ――和食についてどんな感想を?
 「トンカツ、天ぷら、寿司。何でも試した。路地裏の小さな店に行っても、高級ホテルのダイニングに行っても、おいしい。それに、段取りがきちんとしていて、心地よい。素材の生かし方を見ていると、日本人がいかにあらゆるものに敬意を払っているかがよくわかる。だから、心に浸みる料理が生まれてくるのだろう」

 ――日本の食材で使ってみたいものは?
 「日本の食材はエキゾチックで魅力的だ。でも、あえて今は使いたいものを挙げたくない。というのも、最近パリでは、日本の食材、たとえばユズなどを使うのがあまりに流行し過ぎていて、ちょっと残念に思っているからだ。鴨にもフォワグラにもユズを添えている。素材への敬意が薄らいでいるように、私には感じられる」

 ――フランスのレストランに日本人の料理人が増えています。どう感じていますか?
 「仕事に対してまじめで正確。私の片腕の馬場君も日本人。もう7年間一緒に仕事している。様々な国、年齢、性別の人が集まってチームができるから面白いし、そうした多様性が大切だと思う」

 ――どんな料理人を目指しますか?
 「このままの姿勢を保って、ずっと続けていきたい。それが、お客様をもてなし、尊重し、喜ばせることになる」

 (読売新聞編集委員・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)