国内外で根強い人気、おいしさで感動を目指した「獺祭」
売上高が40年前の3分の1になったといわれる厳しい経営環境の日本酒業界にあって、確実に売上げを伸ばしている銘柄がある。「
従業員40人規模のこの酒蔵の特徴は、原料の酒米に高品質の山田錦だけを用いて、高級な純米大吟醸酒の製造に特化していること。すっきりとした口当たりが人気を集めて、純米大吟醸の出荷量では日本一を誇る。「大量飲酒の時代は終わった。酔うため、売るための酒ではなく、おいしさで感動できる酒を造りたかった」と、同酒造の桜井博志社長は語っている。
桜井社長によれば、社長就任時の1980年代半ばには、年間売上高は1億円にも届かず、「いつつぶれてもおかしくない会社だった」。それが今では36億円を超すまでに成長した。
早くから海外市場の開拓にも取り組み、海外販売比率は既に1割を超えた。世界市場で認められたことで東京の高級料亭からも注文が来るようになった、「逆輸入の日本酒」の成功例である。モナコのアルベール大公も、濁り酒がお気に入りなのだとか。来春には、パリのシャンゼリゼ通りにレストランを併設した店舗がオープンする。
ここでしか味わえない、極上の日本酒と創作和食
ところで、獺祭のフルラインアップが楽しめるメーカー直営の「獺祭バー」が、東京・銀座の隣、京橋にある。
今年5月、地下鉄の京橋駅に直結した再開発ビル「東京スクエアガーデン」にオープンした。カウンター8席、テーブルが3つのこぢんまりとした店で、すべてシャンパーニュグラスでサービスされる。
徳島・「青柳」の小山裕久さんがプロデュースする創作和食とともにいただけるところが面白い。旬野菜の
発泡させてスパークリングワインのように飲めるタイプは、1杯(90cc)800円から。女性にも人気だそうだ。年間2500本の限定生産の最高級酒「磨きその先に」は、1杯6000円を超す。なかなか手が出ない価格だが、5種類を少量ずつ試飲できるお試しセット(3000円)もあった。
酒を造る時の米を磨く文化
ここで気になるのが、「磨き」という言葉である。今年6月、日本記者クラブでの会見で、桜井社長は「世界の中で日本の文化的なポジションをしっかりつくることが重要」と強調し、一例として「酒を造る時の米を磨く文化」を挙げた。日本酒造りの工程は、確かに複雑だ。面倒くさいことをわざわざやって、何でそこまで手間をかけるのか、西欧人には理解しづらい点もあるだろうと、桜井社長は話した。
米を磨けば磨くほど、酒はふくよかな味わいになる。でも、ただ磨くだけではおいしい酒にならない。精米時に摩擦熱で失われる水分を上手にコントロールしながら繊細に扱うことが重要だという。
「獺祭」の知名度を広げるきっかけになった商品が「磨き二割三分」だ。ネーミングは23%まで精米した米で造ることに由来する。50%以上磨けば大吟醸酒と呼べるのだから、77%も削るのは何とも突出した数字である。
なぜ23%なのか? 桜井社長の打ち明け話が興味深かった。
何でも「日本一」が流行っていた1990年代後半、精米歩合で日本一になれば話題になって売れるのではないかと考えて企画したのだという。最初は25%の予定だった。しかし、灘のある大手メーカーが24%精米の大吟醸を市販していることを知り、ならば23%にしようと思い立った。25%を23%に。最後のたった2%を磨くために24時間かかったらしい。
バーで出合った「磨きその先に」は精米歩合は明らかにされていないが、恐らく23%以下に違いない。
合理化された製造工程、子規の志にならい変革を求めていく
手作りの匠の技を追求しているのかなと思いきや、合理化できるところは徹底的に合理化している点も面白い。精米は温度や湿度を厳密にコンピュータ制御する機械で行う。
一方、課題もあり、る。生産を増強しようとしても、原料の山田錦の調達に制約がある。「農家にもうかるコメを作らせず、減反路線を進めてきた農政に大きな問題がある。安倍政権は日本文化の世界への発信に力を入れているが、その前に、不自由な規制をなくしてほしい」と、桜井社長は言う。
一つ一つが改革だともいう。
「獺祭」の名前は、旭酒造の本社所在地、
「子規の志にならって、私たちも伝統に安住することなく、変革を求めていく。日本酒で新たな日本の未来を拓こうという思いが込められているのです」と、桜井社長。
まさに、日本酒新時代である。
(読売新聞編集委員・永峰好美)