2012年6月29日付の小欄で、銀座7丁目の高級クラブで、中村さんご夫妻が昼間だけ開いている喫茶店「カフェ&ダイニング玲」の話題をご紹介した。
実は同店では、クラブの営業がない週末の土曜日、ジャズや落語、論語教室、漢方レクチャーなど、様々なイベントが行われているという。
10月末に行われたのは、「チェンバロとバロック音楽 レクチャーコンサート」だった。
第1回 チェンバロとバロック音楽 レクチャーコンサート
「銀座でチェンバロとバロック音楽を楽しむ会」の主催で、3回シリーズの1回目。古楽研究会「Origo et practica」代表で、日本チェンバロ協会運営委員でもある加久間朋子さんが曲の背景や歴史などを解説してくれながら、演奏を楽しむというぜいたくな企画である。
加久間さんは、中学生の時、ヴィヴァルディの「四季」の「秋」第二楽章に感動し、バロック音楽を志した。バロック奏者として著名な鍋島元子さんに師事し、恩師の創設した研究会を継承している。
20人ほどでいっぱいになる空間は、チェンバロで奏でられる室内音楽を聴くのに最適の場所といっていい。16-18世紀の宮廷貴族の気分になって、おいしいコーヒーとケーキをいただきながら、
第1回目は、「イギリス、ネーデルランドの鍵盤黄金時代」と題して、イングリッシュ・スピネットを使ったコンサート。バロック音楽といえば、J・S・バッハが浮かぶが、バッハが活躍した時代からさかのぼること100年。エリザベス1世が統治するイングランドは、シェイクスピアやベーコンらが社会に影響力をもち、「鍵盤黄金時代」と称されるほど実り多き音楽の時代だったそうだ。
ウィリアム・ローズの「ソナタ第7番ニ短調より ファンタジア」、J・P・スヴェーリンクの「我が若き命終わりぬ」、J・P・ブルの「スヴェーリンクの主題によるファンタジア」などが演奏された。スヴェーリンクは、バッハのオルガン音楽の基盤になった北ドイツオルガン学派の多くが師事した音楽家で、バッハを聴くには忘れられない存在だ。
もちろん、バッハの曲も取り上げられた。たとえば、「平均律クラヴィーア曲集第1巻第1番ハ長調」。同曲集の第2巻第1番は、1977年に打ち上げられた米航空宇宙局(NASA)の探索機ボイジャー1号に積載された「ゴールデンレコード」に収められていることで知られている。「ブランデンブルク協奏曲第2番ヘ長調」やベートーベンの「交響曲第5番」などとともに収録され、地球外生命体からの反応が期待されている。
NASAは、ボイジャー1号から送信された最新データとして、星間空間で録音された不思議な音を発表しているが、もしかしたら、バッハを聴いた宇宙人の返答なのかなと考えると、ロマンが広がる。
また、ゲスト出演したリコーダー奏者の辺保陽一さんは、バッハの「フルートソナタホ短調」をリコーダーで熱演してくれた。
シェイクスピア時代のワインセレクト
さて、この素敵なコンサートのために、私に依頼されたのが、シェイクスピアの時代に英国で愛飲されていたワインの紹介である。
アンドレ・サイモン著「シェイクスピアのワイン」(丸善プラネット)によれば、17世紀初め頃、ロンドンの酒亭(タヴァーン)「マウス」で提供されていたワインがいくつか挙げられている。
グラーヴワイン、クラレット、シェリー、マームジイ、アリカンテ、ポルト……。
現在のフランス・ボルドーは、1154年から300年間英国領だったこともあり、16世紀になってフランスに返還された後も、英国ではボルドーワインが好まれて飲まれていた。クラレットは同産地の赤ワインを指す。
大航海時代の幕開けで、スペイン南東部の沿岸都市はワイン貿易で繁盛した。英国商人は特権商人としてスペイン南部の地方都市に居住するようになったのもこの頃。アリカンテのようなスペイン産ワインもよく飲まれ、アルコール度数が高いものを好む英国人は、シェリーやポルト酒もお気に入りだったようだ。
当時の史料によると、ハチミツ入りや
シェイクスピアの戯曲「トロイラスとクリシダ」の中では、ギリシャワインについてのこんな記述もある。
「今夜はとびきりのギリシャワインで奴の血をうーんと温めてやることにしよう。そして明日は俺の
このような史料を参考にして私がそろえたワインは、甘口シェリー、ボルドー・グラーヴの白、イタリアの「モスカート・ダスティ」、ボルドーの赤、スペイン・フミーリャ地方の赤、ギリシャ・ナウサ地方の赤、それに甘口のルビーポルト。
バロック音楽とワイン、意外に面白い組み合わせになったと思う。
「チェンバロとバロック音楽レクチャーコンサート」の第2回は、12月7日(土)の午後2時からと午後6時からの2回。初期イタリアン・チェンバロで、フレスコバルディやバッハの曲が演奏される予定。
問い合わせは、カフェ&ダイニング玲(電話03-3573-4079)。
(読売新聞編集委員・編集委員 永峰好美)