中世の城壁都市
9月半ば、ブドウの収穫シーズンを迎えたフランス・ボルドー右岸のサンテミリオンを訪ねた。城壁に囲まれた中世の街並みが残るこの街は、1999年、周囲のブドウ畑も含め世界遺産に登録されている。
サンテミリオンは、さかのぼること8世紀、数々の奇跡を起こして聖人となった聖エミリオンが
聖エミリオンが暮らしたという地下洞窟の上には、聖人の死後、9世紀から12世紀にかけて石灰岩層の一枚岩を削って作られた「モノリス(一枚岩)教会」がある。聖人を慕う弟子たちにより、300年の制作期間を経て完成したそうだ。
ワインの伝統儀式と風物詩「Bourru」
9月第3日曜日に、赤い装束に身を包んだジュラード騎士団がブドウの収穫開始を宣言するのが13世紀以来の習わし。前夜からサンテミリオンの街ではコンサートやパーティーが開かれ、お祭りムードが一気に盛り上がる。
宣言日当日、騎士団は音楽隊を先頭に街を練り歩き、モノリス教会で、新しい騎士の就任式を執り行う。今年注目されたのは、フランスの水泳界で活躍中の五輪メダリストでもあるファビアン・ジロ選手。「厳しい練習の後の1杯のワインは、次の練習への一番の活力になる」と、明るく答えてくれた。
今年は天候不順でブドウの花付きも収穫のタイミングも遅れ、ワイン造りには質量ともに難しい年といわれている。それでも、収穫のこの時期だけしかお目にかかれないBourru(ブーリュ)が店頭に並ぶのを見ると、いよいよワインのおいしい季節の到来かと、心弾む私である。
白ワインは、ブドウを摘み取った後、まず圧搾機にかけて果汁を絞り出す。その後、果汁を発酵タンクや樽の中に移し、自然発酵を促す。この発酵の初期状態の微発泡のものを「ブーリュ」と呼んでいる。いまだ発酵の途上なので、日に日に風味が変わっていくのが面白い。ほとんどアルコール化していないので、アルコール度数も5%以内。ジュース感覚で楽しめるのだ。
嫌みのない自然な果実の甘みと柔らかい炭酸とが口の中いっぱいに広がり、文句なしにおいしい。ボルドーでは、旬の焼き栗と一緒にいただく習慣があるそうだ。瓶詰めされた後もブーリュは発酵を続けて炭酸ガスが発生しているので、海外みやげにというわけにはいかないところが残念ではあるけれど……。
マカロンの街
サンテミリオンは、マカロンの街でもある。石畳の坂道を歩いていると、マカロンの看板によく出合う。
シスター・ラクロワを長とする修道会が1620年頃から伝えている伝統のレシピというのがある。そのレシピを守って作り続けているナディア・フェルミジエさんの店を訪ねた。
フランス革命で行方がわからなくなっていたレシピが発見され、ある夫人に託されて以来、その製法は長年独占的に相続されてきたという。1867年のパリ万国博覧会にボルドーのワインと共に出品され、サンテミリオンのマカロンは全国にその名を知られるようになったと聞いた。6年ほど前、ナディアさんが先代のブランシェ夫人からレシピの権利を買い、現在の工房と店舗を開いた。
製造を統括しているディディエさんによれば、小麦粉に泡立てたメレンゲ、砂糖、アーモンドパウダーを加えて練り合わせた生地のシンプルなお菓子。昔ながらの台紙に生地を絞って焼くやり方も踏襲されている。
直径約5センチの丸く平たいクッキーのような形状で、表面に亀裂が入っている。食感はややもっちりしていて、日本の衛生ボーロに似た素朴であきない味わいだった。私がイメージする表面がすべすべで丸っこいマカロンとは異なるが、このサンテミリオンのマカロンこそ、フランス各地に残るマカロンの原型なのだそうだ。
マカロン・パリジャン
さてさて、東京・銀座にも、おいしいマカロンのお店がたくさんある。銀座三越の「ラデュレ」をはじめ、芦屋のケーキ屋さん「アンリ・シャルパンティエ」、現在ホテルは閉館したけれども大丸東京店のショップで買える「ホテル西洋銀座」の銀座マカロンもはずせない。
銀座通りに面している「ダロワイヨ」のマカロンも、食感がやさしくって、私はファン。ハロウィーン前の今は、カボチャのイラストをプリントした愛らしいマカロンが特別に用意されている。それにしても、「ダロワイヨ」のショーウィンドーを見ている限り、ここはフランスかと間違えてしまいそうだ。
これら銀座で買えるマカロンは、バタークリームやジャムなどをサンドした、丸っこい形状。「マカロン・パリジャン」と呼ばれている。
(読売新聞編集委員・編集委員 永峰好美)