2013年7月アーカイブ

2013.07.12

チーズ職人世界一「村瀬美幸さん」

  • 村瀬美幸さん(撮影・中村光一)
  • 表彰台の真ん中に立ち、満面の笑顔
  • 欧米メディアからも取材が殺到

 世界最優秀「チーズ屋」コンクールで優勝した村瀬美幸さんのことを、6月18日付け本紙朝刊2面の「顔」欄で紹介した。その村瀬さんが5月に独立して運営するチーズ専門の教室「ザ・チーズルーム」は、東京・銀座のお隣り、京橋にある。

 「フロマジェ(チーズ屋)」とは、チーズ販売の専門職人のこと。コンクールは、フランス・ロワール地方のトゥールで6月1日から2日間開かれた初の国際大会で、予選を通過した6か国10人が参加。村瀬さんが、チーズの本場の欧州勢を退けて世界一に輝いた。「なぜ日本人が一位に?」と、欧州のメディアはこぞって報道した。

ワインを経てチーズの道へ

 岐阜県の出身。全日空の客室乗務員時代の1995年、ソムリエ資格を取得。その1年前から田崎真也さんのワイン教室で学んでいた。「トンカツ弁当が出て、これに合うカリフォルニアワインを選んだりする。ソースで食べるならばジンファンデル、塩とレモンならばフュメブラン…。実際合わせてみると、美味しいのです。和食にワインという発想がまだ広まっていなかった頃で、面白いなと思いました」

 ワインの師の田崎さんは、95年にソムリエ世界一に。その田崎さんからスクール講師にスカウトされ、2001年、客室乗務員から転身した。

 職場には、コンテストで他流試合をしながら、舌を磨くという雰囲気があった。当時支配人だった阿部誠さんは2002年度の全日本最優秀ソムリエになって、世界最優秀ソムリエコンクールの日本代表に選出された。大手シャンパンメーカー、ポメリー社のソムリエコンクールで優勝した人もいた。

 職場の先輩が実績を積んでいく中、「ワインでは太刀打ちできないから、違うもので勝負しよう」と思って、チーズの道へ。もともと菓子作りなど料理が得意だった。

  • コンクールを取材したMOFのロドルフ・ル・ムニエさん

 2年ごとに開かれる国別対抗のチーズ大会「国際カゼウスアワード」に出場し、2007年に3位、2009年に2位を獲得。田崎さんに報告すると、「日本人として食い込んだことは誇りに思うけれど、残念だったね」と言われた。

 「やはり2位ではダメ。優勝しなければ意味がないんです」(村瀬さん)。

 次は絶対に優勝をと、頑張ってトレーニングしていたら、資金不足で大会自体がなくなってしまった。

 そこに舞い込んだのが、今回のコンクールの告知だった。主催したのは、2007年のガゼウスアワードで優勝したフランスのロドルフ・ル・ムニエさん。チーズ部門のMOF(フランス国家最優秀職人章)の称号をもつ。チーズ生産者の見本市「モンディアル・デュ・フロマージュ」の一環として、企画された。

 「新しい大会は、本当のチーズ職人世界一を決める素晴らしい大会になる」と、ムニエさんから聞いた。昨年末、応募締め切りまで1週間しかなかったが、どうにか間に合わせたという。

コンクール…様々な課題

  • コンクールの課題で使ったチーズの数々

 コンクールは、2日間。初日、トゥール市内の市場で当日使う生鮮食品を150ユーロの予算内で購入するところから始まる。

 2日目は、午前中に、筆記テスト、チーズのブラインドテスト、タイプの異なるチーズをはかりを使わずに250グラムにカットするテスト、持参したチーズの魅力について語るプレゼンテーションテスト。

 午後は、「アーティスティック・テスト」といって、4時間で5種類の課題のプレートを作成しなければならなかった。時間配分もポイントになる。

 先日教室を訪ねて、コンクール当日の写真を見せていただいた。実際に拝見し、「アーティスティック(芸術的)」と呼ばれる意味がよくわかった。

 言葉で説明するよりも、写真を見ていただいた方がよくわかるだろう。

  • (左)課題1を作成中の村瀬さん 花びらのようにチーズを削っていく(右)5種類のチーズプレートが出来上がり

 課題1は、5種類のチーズを40センチ角のボードに盛りつけるテスト(1時間以内)。村瀬さんは、チーズのカッティングだけでなく、ボードの飾り付けにまで目配りしている。「新緑の季節の季節感を出すために、インゲンやエンドウ豆など緑の野菜をボードいっぱいに敷き詰めました。そう、野菜のじゅうたんです」

  • 課題2のオッソー・イラティーは、和との組み合わせを提案

 課題2は、バスク地方のオッソー・イラティーという乳白色の羊のチーズを使って、他の食材との味のコンビネーションを提案するテスト(1時間以内)。

 村瀬さんは、「和」との組み合わせを考えた。牧草の独特の香りのあるこのチーズは、甘いジャムを添えたり、逆に赤トウガラシと一緒に辛味でアクセントを付けたりして現地では楽しまれている。

 「ワインとの相性も、中国茶のような香りのあるジュランソンなどと合わせます。ならば、緑茶で提案してみようと思いました」

 日本とフランスの水質の違いも考慮し、まろやかな味わいの佐賀の嬉野(うれしの)茶を冷茶で用意。抹茶味のパンと甘いブラックチェリーを組み合わせた。もう一つのグラスには、梅酒を注ぎ、ユズコショウで辛味を演出した。

 課題3は、クリーミーなチーズ、ブリア・サヴァラン(500グラム2個)を使って、最低6人分を立体的に一皿に盛りつけるテスト(2時間以内)。前日市場で買ったスモークサーモンやハーブを使うことにした。「立体的に」というところがポイントなので、ホールケーキを切り分けるような形に仕立てた。

  • 課題3のブリア・サヴァランはスモークサーモンを使ってケーキのように

 課題4は、「子どものためのチーズ」がテーマで、80センチ四方の木製のプレートに盛りつけるテスト(4時間以内)。50種類のチーズが用意されていて、内容はコンクール当日の朝までわからない。

 村瀬さんは、「360度どこから見ても楽しめるチーズガーデンを作ろうと思った」。メリーゴランドやコーヒーカップ、積み木、ネズミの兵隊さん・・・。この課題には、最後の2時間をたっぷり当てた。「子どもの遊ぶ姿を空想しながら、楽しんで仕上げられました」。

 チーズ以外の細部にもこだわった。黒い頭の羊をカリフラワーと黒オリーブで表現したら、コンクールの実況中継をしていたアメリカ人の司会者が、「マジシャンみたいだね。素晴らしい!」と驚嘆した。

  • (上)課題4の「子どものためのチーズ」が完成(下)反対側からみても楽しめて、完成度が高い
  • 村瀬さんの細かな技は、「マジシャンみたい」と驚かれた

  • 課題5では、ミモレットをブドウの房状にくり抜いた

 課題5は、チーズのカッティング技術を競うテスト(4時間以内)。ソムリエであることをアピールするため、ミモレットはブドウの房のようにくり抜いてみた。

チーズとは…

 優勝の報告を、真っ先に、田崎さんに伝えると、「1位が獲れたか。本当によかったね」と、喜んでくれた。

 村瀬さんは言う。

 「チーズは、子どもも食べられる。おやつや料理など、いろいろな角度から発信できると思います。季節によって旬も楽しめるし、日本でも美味しいチーズを作る生産者が増えてきました。発酵食品のチーズのうまみは、日本の食生活に根付いているみそなどと共通するところがあります。モツァレラは、わさびじょうゆで食べてもおいしいでしょう。和食との相性の良さもどんどん紹介していきたいです」

◆村瀬さんの教室「ザ・チーズルーム

 なお、コンクールの「アーティスティック・テスト」で作った5種類のチーズの盛りつけを実際に再現、ビュッフェスタイルでいただく会が、8月29日午後7時から、東京・飯田橋のホテルメトロポリタンエドモンドで開かれる。

 (読売新聞編集委員・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)