名門ホテルのメモリアルイヤー
1890年(明治23)年)に開業した、東京・日比谷の帝国ホテルにとって、今年はいくつかの記念の年に当たるのだそうだ。
ホテル業界初のショッピングアーケードができて90周年、上高地の同ホテルが開業して80周年、名物のバイキングが登場して55周年……。
そして、日本で初めて、ホテルとオフィス、ショップ、レストランが一体化した「帝国ホテルタワー」が開業30周年を迎える。
その地下1階にあるトラディショナルダイニング「ラ ブラッスリー」は、歴代料理長らによって生み出されてきた帝国ホテルの味を継承するレストランとして知られる。
中でも私にとって思い出深い1一品といえば、「海老と舌平目のグラタン“エリザベス女王”風」である。
女王の名を冠するひと皿
1975年5月、イギリスのエリザベス女王ご夫妻を迎えての歓迎午餐会で、当時総料理長だった村上信夫さんが考案した料理。村上さんご本人から伺った話だが、魚介類がお好きな女王陛下に日本の魚のおいしさを知っていただきたくて、津軽海峡産のヒラメを使うことにしたという。
ヒラメで車海老を巻き、ソースをかけて焼く――というと、簡単なように聞こえるかもしれないが、実は手間のかかる凝った料理である。ポイントは、新鮮な真鯛やホタテ貝、伊勢海老などの身を裏ごしし、卵白や生クリームなどと混ぜ合わせ、ぜいたくな魚介類のすり身を作ること。これを薄く切ったヒラメに塗って車海老に巻き、白ワインで蒸すと、海老とヒラメが密着して、それぞれの旨みを引き出すことになる。黄色いオランデーズソースと生クリームをかけて、色づく程度に焼き上げて出来上がり。
2時間以上にわたる午餐会の間に、女王陛下から厨房に、「日本はイギリスと同じように、魚のおいしい国ですね」とメッセージが寄せられたそうで、「料理人にとって苦労が報われるのは、まさにそういう瞬間ですね」と、村上さんがにこやかに語ってくれたのを覚えている。
この料理には、「レーンヌ・エリザベス」(仏語でエリザベス女王)という名前を冠することが許され、今も愛され続けるメニューとなった。
2月1日から3月14日まで、同ダイニングでは「開業30周年記念特別メニュー」を展開。「レーンヌ・エリザベス」のほか、伝統のダブルビーフコンソメや同ホテルで誕生したシャリアピンステーキなどが組み込まれた「伝統のフルコース」が謝恩価格の1万円で登場する。
日仏、優雅なコラボレーション
もう一つの30周年記念企画が、1月27日まで開かれている「ル・ロワイヤル・モンソー ラッフルズ パリ」とのコラボレーション企画。
パリの凱旋門近くの「ル・ロワイヤル・モンソー」といえば、80年代後半、30歳をちょうど過ぎた頃の私にとって、初めて泊まった老舗高級ホテル。重厚でクラシックな調度品、ふかふかのじゅうたん、広いバスルーム。伝統の重みに圧倒され、緊張のあまり、なかなか寝付けなかったことを懐かしく思い出す。
ホテルは2年半をかけての大改装後、ラッフルズ傘下に加わり、2010年、斬新でゴージャスなブティックホテルとして生まれ変わった。そのレストラン総料理長、ローラン・アンドレ氏を招いての期間限定での企画である。
同氏は、モナコの「ルイ・キャーンズ」を始め、アラン・デュカス系のミシュラン3つ星レストランを経験、ロンドンや香港では「スプーン・バイ・アラン・デュカス」のオープン責任者として活躍した。
帝国ホテルの小林哲也社長は、新生の同ホテルを訪問した際、メニューにはなかったスモークサーモンを注文。「絹織物のように繊細な盛りつけを見て、一遍で気に入った」そうだ。
洗練と伝統のフレンチ
アンドレ氏の料理は独創性を意識しながらも、伝統の調理法も踏襲しており、フランス料理の最近トレンドがわかって興味深い。
一部を紹介してみよう。
まず、タラバ蟹のアミューズは、トマトとナスのムースが層になり、コンソメのジュレと共に優しい味わい。筑波鶏とフォワグラを低温の真空調理でプレスして、アーティチョークと焼いたブリオッシュを添えた一品は、ブルゴーニュの白ワインと相性抜群だった。
メイン料理は、石巻産ヒラメの蒸し物を、ジュラ地方のワイン、ヴァン・ジョーヌのソースでいただく。シェリーのような独特の香りとコクが淡泊な白身魚を引き立てていた。
さて、最後のデザートには、
(読売新聞編集委員・永峰好美)