2012.12.21

シェービング、90年の技…銀座の職人(5)

 「1本そり残したひげが気になって眠れなかった」。朝から駆け込んでくる客がいる。丁寧にそり直すと、「これで一日気持ちよく働ける」と満足そうに帰っていくそうだ。

  • 永峰編集委員の顔をそる米倉満さん(東京・銀座の「理容米倉」で)=上甲鉄撮影

 女性の私にはわからないが、床屋さんのシェービングはたいそう気持ちがいいのだろう。男性に独り占めさせておく手はないと、数寄屋橋近くのショッピングセンター2階の「銀座 米倉理髪店」4代目、米倉満さん(68)を訪ねた。

 山梨の農家育ちの祖父が13歳で上京、10年の年季奉公を経て開業したのが、現在の銀座5丁目にあった築地精養軒ホテルの中。大正初めに最新式の回転いすを導入、流行のオールバックが人気で繁盛した。関東大震災で店が焼けた後の仮店舗以外はずっと銀座で営業し、創業90年を超える。

 男性のひげそりと違って、女性は軟らかい産毛をそる。厚みのある本刃のレザーを鹿革で研いで使う。

 乾燥タオルを枕あてに、まず、湯に浸したブラシでせっけんを泡立て顔に塗る。なんだかこそばゆい。蒸しタオルで顔全体を包み、まぶたや頬をギュッギュッと押す。「もむように拭き取ると、皮膚が柔らかくなって、レザーの抵抗が和らぎます」と、米倉さん。

 再びせっけんの泡に包まれ、そりに入る。頬、あご、鼻の下、下唇の下。刃物が顔の上にあるのを忘れてしまうくらい軽やかだ。細部のそりが終わると、クリームを塗ってマッサージ、ローションで引き締め、パウダーで仕上げ。料金は6000円から。モーツァルトが流れる心地よい空間で約1時間。ついうとうとしてしまった。

 「皮膚に当てる前に刃を湯につけて、肌の温度に合わせます。余計な力を逃がして、丸く柔らかく刃を滑らせるのがコツ」。いくつか極意があるようだ。

 それにしても、タオルを使う量が半端でない。1人につき最低15枚。糸の太さや重量などを細かく指定してメーカーに特注する。

 「タオルはお客様とのコミュニケーションの道具。タオルを替えることで、次の施術に移りますのでよろしくと、メッセージを送っているんです」

 そって数時間たっても爽快さが残る。翌日の化粧ののりがよくなったことは言うまでもない。

 「一流のお客様を満足させる銀座の床屋」。祖父から父へと受け継がれる矜持(きょうじ)が原動力でありプレッシャーでもある。

 「惰性に流されず、毎日が開業日のつもりで励む」。祖父の声に耳を澄まし、今日も客を迎え入れる。

 銀座 米倉理髪店

 東京都中央区銀座5―1 銀座ファイブ2F

 03―3571―1538

 午前9時~午後6時

 日祝が定休日

 (読売新聞編集委員・永峰好美)

 2012年11月20日付 読売新聞夕刊「見聞録」より

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)