小型で閑静な「スモールラグジュアリーホテル」としてファンが多かった銀座1丁目の「ホテル西洋 銀座」が、来年5月閉館する。小欄の2009年4月10日付でも、同ホテルのきめ細かなバトラーサービスを取り上げたことがあった。
1987年のホテル創業以来、地下1階で展開されてきたケーキショップも、閉館に合わせて閉店することが決まっている。私は、手みやげといえば、同店の「銀座マカロン」か「大地のブランデーチョコレートケーキ」をよく使っていたので、なんだかとても寂しい。
先日、現在は販売していない創業当初のスイーツも含め、歴代人気スイーツがずらりとそろうイベント「ホテル西洋 銀座のスイーツ 回顧と展望」が開催されると聞き、のぞいてみた。スイーツファンのためのコミュニティサイト「幸せのケーキ共和国」を主宰する平岩理緒さんが企画した。
同店の歴史を振り返ると、初代シェフパティシエは「ペルティエ」出身のフランス人、ミシェル・ブローさん。数年後、創業時からミシェルさんの片腕だった稲村省三さん(東京・台東区で「パティシエ イナムラ ショウゾウ」を経営)が2代目シェフに。今年「パティスリー ラ・ローズ・ジャポネ」(東京・葛飾区)を開いた五十嵐宏シェフを経て、2002年に現在の4代目、浦野義也シェフにバトンタッチされた。「スイーツ界でも名門中の名門」(平岩さん)で、在籍経験のあるOBにも現在業界で活躍するパティシエが数多くいる。
創業から受け継がれるレシピ
最初に、「ホテル西洋 銀座のクラシック」として紹介された伝統菓子は、創業当時からのレシピが受け継がれていて、今でも「食べたい!」とファンからのリクエストが絶えないという3種類。
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「銀座マカロン」は手みやげに最適でした
四角錐型の真っ白なレアチーズケーキ「エベレスト」。やや酸味のあるフロマージュブランを使ってさっぱりした味わいに仕上げている。中には野いちごのジャムなどが入っている。
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秋の味覚の「和栗のマカロン」
オレンジ色が印象的な「フレジェ」は、イチゴの愛らしい断面が伺えるフランス式ショートケーキ。スポンジの間には、バタークリームとカスタードクリームを合わせたものがサンドされている。「バタークリームに発酵バターを使うのが特徴。好みが分かれるところかもしれないけれど、濃厚でいて風味もよく、食感としてしっかりしているイチゴとの相性がいいので使います」と、浦野シェフ。
「オペラ」は、ビターなコーヒーシロップをたっぷりしみ込ませたスポンジと、ガナッシュ、コーヒー風味のバタークリームが層になった大人の味。ここでも、発酵バターがアクセントになっている。表面をコーティングするグラサージュショコラは、「金箔を使ってきらきら感がある方が好きなので、創業当初とはちょっと変えました」(浦野シェフ)。
以上3種類に加えて、「銀座マカロン」も伝統の味の一つとして忘れられない一品だ。稲村シェフが「銀座を代表するお土産になるように」と考案したレシピが、代々受け継がれている。マカロンという菓子自体があまり知られていなかった1990年代に売り出され、その後のカラフルなマカロンブームの素地になった。
サイズは若干大きめ。薄く艶やかなマカロン生地にはさまれているのは、ラム酒のきいたレーズンとバタークリーム。レーズンウィッチ的なマカロンで、しっとりした食感が特徴的。数多くのマカロンが売られているが、こういうタイプはほかに見たことがない。
モンブランの手絞りが難しく何度も練習
今回のイベントを企画した平岩さんは、同店のスイーツで特に思い出に残っているものを挙げるとしたら、この「銀座マカロン」だという。
「濃厚なバタークリームの口溶けのよさ、繊細な生地の食感やラムレーズンの香りの豊潤さなどが魅力です。子どものころ、バタークリームのお菓子はあまりおいしいイメージがなく、こってりしていると思い込んでいましたが、このお菓子に出合ってバタークリームの印象が変わりました。本物の素材を使って丁寧に作られたお菓子のおいしさを教えてもらった一品です」
「銀座マカロン」をベースに誕生したのが、銀座で採取したはちみつを使った「銀座はちみつマカロン」や季節の味わいを盛り込んだ「和栗のマカロン」などで、こうしたアレンジは、浦野シェフのアイデアである。
続いて、これもファンが多かった2種類のモンブランが紹介された。秋のスイーツの王道でもある。
私は、プランタン銀座の「サロン・ド・テ アンジェリーナ」を統括していたことがあって、1903年創業のパリ本店のレシピを守っているアンジェリーナのモンブランがベストだと思っている。さくさくしたメレンゲ、ミルキーな生クリーム、渋皮の入ったこくのあるフランス産のマロンペースト。絶妙な組み合わせで、幾度食べても飽きない。
だが、浦野シェフが作った熊本産の和栗を使った若干黄色みが強いモンブランを食べて、和栗もまた独特の風味があっておいしいと実感した。
もう一つ、同店の伝統のモンブランは、すっと上に伸びて、凛とした姿が美しいのが特徴だ。濃厚な生クリームとカスタードクリームを合わせて整形し、その上からバラの口金で1筋ずつ覆うようにマロンペーストを絞っていく。「この手絞りが難しくて、失敗を繰り返しつつかなり練習した」と、浦野シェフは振り返る。
最後に登場したのは、オンラインショップで限定販売していた幻のチーズケーキ。ブリー・ド・モーという白カビチーズを使ったベイクドチーズケーキで、ココット型に入れて焼き、温かいうちにとろとろのところを食べる。塩味がきいているので、ワインと一緒にいただくと、絶品らしい。白カビ部分は取り除いて使うため、手間もコストもかかり、「幻の一品」になってしまったという。「前菜のような感じで食べられる」「バゲットに塗ったらおいしそう」など、様々な感想が聞かれた。
思いと伝統、残してほしい
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浦野シェフ思い出の「ブールブラン」
ちなみに、浦野シェフにとって思い出深い品を挙げてもらうと、業界に入って最初に作ったのがレアチーズケーキで、それをアレンジした「ブールブラン」だそうだ。スポンジ生地の上にふわふわのレアチーズムースをドーム型に仕立て、中に甘酸っぱいレモンクリームをしのばせている。
イベント当日、テーブルには、オレンジケーキやマシュマロなど、焼き菓子類がセッティングされていたが、外注せずに、すべてホテル内で焼いていると聞き、そのこだわりには驚いた。
チョコレートでできた箱付きのクリスマスケーキ「銀座の森のプレゼントボックス」(2万5000円)は同店最後のクリスマスケーキになる。ブルーベリーやオレンジなど7種のクリームが層になり、飾り付けも愛らしく、希望がたくさん詰まった一品。限定20個で、すでに予約受付が始まっている。
平岩さんは最後にこうまとめた。
「流行の移り変わりが激しい昨今のスイーツ業界で、シェフが代々変わっても、創業以来の伝統的なお菓子の一部が受け継がれてきたことは大変意義あること。ホテルのお客様には、ずっとファンでいたり、親子2代で利用したりといった方たちが多いので、ロングセラーのお菓子が残るのですね。ホテルやショップがなくなってしまうことはとても残念ですが、お菓子を通じて伝えられてきた思いや伝統など、何らかの形で残していってほしいと願います」
(読売新聞編集委員 永峰好美)