2012.09.21

銀座によみがえれ、寄席の黄金時代

 明治初期の銀座には、寄席の黄金時代があったということを、昭和初期に活躍した東京毎夕新聞社記者の小野田素夢の著書「銀座通」で知った。

 煉瓦街ができ、西欧化が進む銀座には、旅の興行師やら香具師(やし)の一団やらが「開拓使のように乗り込んで来て」、煉瓦街見物の群衆を当て込み、様々な見せ物を出した。「犬芝居猿芝居、娘手踊から西洋奇術、ろくろ首、蛇使い、ハイカラなものでは伊太利(イタリー)風景のパノラマまで」、大看板を並べて人のにぎわいを誘ったという。

 にぎわいの一つとして素夢は、銀座の寄席にも注目している。

 銀座4丁目に開店した木村屋パン屋の2階では、パン食PRのために寄席が設けられていたが、「明治7年、松林伯圓(しょうりんはくえん)がそこに陣取って、銀座亭の看板を掲げた」そうな。同じころ、鍋町(銀座6丁目の交詢社付近)に艶物(つやもの)と義太夫が専門の鶴仙亭、新橋ぎわには講談専門の繁松亭、京橋近くには金沢亭ができて、講談落語会の名人たちが競って高座に上がったようだ。

東西の所属団体を超えた「大銀座落語祭」

  • 銀座の街をテーマに創作落語を発表する柳家さん生さん(上野・鈴本演芸場で)

 明治31年生まれのつづら屋職人だった浅野喜一郎氏は、落語好きの父に連れられ、金沢亭に行った幼いころの思い出を「明治の銀座職人話」(青蛙房)につづっている。月20日は通った落語の常連だったようで、圓右、小さん、圓歌、橘之助らひいきの落語家の名前を挙げ、「武家出身の柳家小さんの十八番は『うどん屋』。ちょっと歯切れの悪いところがあるが、それがまた『うどん屋』には打ってつけで、客を笑わせていた」など、具体的に記している。

 時代は下り、銀座の街から寄席は消えたが、2004年から5年間、春風亭小朝ら「六人の会」の主催で「大銀座落語祭」が毎年開催された。東西の所属団体を超えて多くの落語家の(はなし)が聞けるのは楽しかった。

 そして今年、銀座の街をテーマにした創作落語の連作公演があると聞いて、さっそく演じ手の柳家さん生さんを訪ねた。

 55歳になるさん生さんにとって、今年は落語会入りして35年、真打ちに昇進して20年の節目の年。

 「3年前から制作の人たちと何をやろうか考えてきました。そして、迷わず銀座をテーマに選びました。富山生まれの私にとって、銀座はあこがれだったし、いつか行きたいと夢見ていた場所でもあります」

柳家さん生の考える「銀座」とは――

 「銀座」とは――若者に媚びを売る街が増えている中、大人の街としてでんと構えているところがいい。結構新しもの好きで、柔軟に様々なものを受け入れる許容力がある。でも、だだっこみたいなことをしたら、ぴしゃりと怒られる。そんなイメージという。

 銀座に拠点をおく協力者の一人、東京画廊代表の山本豊津(ほづ)さんは、企画するにあたっていろいろとアドバイスした。

 「さん生さんに勧められて、柳家つばめの『創作落語論』という本を読んではっとしました。古典落語は古典芸能ではあるが落語ではない、落語とはその時代の庶民の生活を描くものだというのです。ならば、現代に生きる人が今の銀座を落語にしたら面白いのではないかと、提案してみたのです」

 老舗や名店を多く抱える銀座だが、その背後には様々な物語がある。画廊、洋食、和菓子、文房具をお題に、銀座をひもといていこうとの試みだ。

 場所は博品館劇場。初日の9月26日は、太神楽師の鏡味仙三郎社中を迎えてトークショー「銀座未来会議」でスタート。27日は画廊篇(ゲストは林家三平)、28日は文房具篇(同国本武春)、29日は和菓子篇(同桂米團治)、30日は洋食篇(同立川志の輔)。脚本は、モーニング娘。などの舞台脚本も手がける劇作家の金津泰輔さんが担当する。

 「洋食篇では、一杯のかけそばのような、親子のほのぼのとした思い出が語られて、ぐっときますよ」と、さん生さん。

  • 画廊篇に登場する銀座8丁目の東京画廊
  • 文房具篇に登場する2丁目の銀座・伊東屋
  • 和菓子篇に登場する7丁目の虎屋

落語は芝居を超えていると感じた

  • 洋食篇に登場する8丁目の資生堂パーラー
  • 資生堂パーラーで人気のオムライス まるで絵に描かれているみたい

 高校時代のホームステイでシェークスピア劇にはまり、役者を目指して上京。日大芸術学部に進んだが、先輩に連れられて落語研究会をのぞいたところから、目指す方向が変わった。

 それからまもなく、10代目金原亭馬生師匠の「お初徳兵衛」を国立劇場で聞いて、「芝居を超えている!」と感じたという。「しゃべりだけで、隅田川の流れ、夕立の音、2人の息づかいなどがすべてイメージできたのですからね」。ほぼ連日の寄席通いが始まり、大学を中途で辞めて、5代目柳家小さん師匠の内弟子に。人情話や長屋ものを得意とする。

 「高座に上がって、しゃべっている空気がどこか温かいね、安心するねといった印象を与える噺家でいたいです」と、さん生さんは語る。

 落語家は50代からが勝負。まずは還暦まで、ここ銀座の博品館での舞台を続けたいと思っている。「銀座に行くとさん生に会える――いなか者の私にとって、それが続けられたら本望です」

 「銀座今昔物語」は、9月26日から30日まで、銀座博品館劇場で。

 (読売新聞 編集委員・永峰好美)

Trackback(0) | Comment(0)

トラックバック(0)

このページのトラックバックURL
http://www.nagamine-yoshimi.com/mt/mt-tb.cgi/744

コメント(0)

新規にコメントを投稿する
※当ブログに投稿いただいたコメントは、表示前に管理者の承認が必要になります。投稿後、承認されるまではコメントは表示されませんのでご了承下さい。
<コメント投稿用フォーム>
(スタイル用のHTMLタグを使えます)
ニックネーム
メールアドレス
URL
  上記の内容を保存しますか?
コメント内容
 

永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)