今年の夏、人気が爆発したカクテルといえば、モヒートではないだろうか。
ミントの爽やかさ、ライムの酸味、ぱちぱち弾ける炭酸ののどごしの心地よさに加えて、ほんのり感じる甘みは、低アルコール志向のトレンドに合っていた。缶入り飲料なども売り出され、気軽に飲めるようになったことも一因かもしれない。
東京・銀座8丁目のソニー通りには、期間限定でモヒート専門のバーが登場し、スイカやパッションフルーツをミキサーでブレンドして作るフルーツフローズンモヒートが、私のお気に入りだった。
ところで、モヒートのベースは何か? すぐに答えられる人はどのくらいいるだろう。
答えは、ラム酒。
ラム酒といえば、学生時代によく飲んだラム・コーク、それに、ラムシロップに漬け込んだナポリ名物のババ。菓子の材料のイメージが強い。
「いえいえ、ラム酒といっても、世界に4万種類以上。生産国によっても特徴が異なって、奥深いんですよ」
そう教えてくれたのは、銀座4丁目にラム酒専門のバーを構える「Bar Lamp」の中山篤志さん(39)だ。壁面の棚にもカウンターにも、ぎっしり並ぶのは様々なラムのボトル。銀座に数あるバーの中でも、これだけ多くの種類のラムを置いているところは恐らくないだろう。
2004年に開店した当初は、ウィスキーやジン・トニックを注文するお客がほとんど。「2杯目にラムを勧めると、『いや、甘いのは苦手でね』と逃げる方が多かった。『じゃあ、だまされて飲んでみてくださいよ』とオンザロックなどでお出しすると、うまいねって、はまる人が少なくないです」
特に女性客は、マティーニとかシングルモルトとか、時のトレンドに敏感で、新しい酒へのチャレンジ精神も旺盛。「ラム酒ファン、意外に女性に多いんですよ」とも。
背景には植民地の悲しい歴史も
中山さんは、早稲田にあるリーガロイヤルホテル東京でバーテンダーを5年務めた。当時、葉巻を勉強する機会があって、地域的につながりの深いラムの歴史や文化を知って、とりこになったのだという。
「ラテンの楽しくポップなイメージの裏に、植民地の悲しい歴史がある。それも全部含めて、興味を持ちました」
サトウキビが原料のラムは、西インド諸島が原産。ヨーロッパ列強の植民地政策の中で、産業として大きく発展する。
サトウキビ栽培の労働力として、アフリカから黒人を奴隷として西インド諸島に大量に送り込んだ。その奴隷船にサトウキビから取れた糖蜜を積んで米国のニューイングランドに運んでラム酒を造り、再びアフリカに向かい、ラム酒と黒人労働力とを交換した。歴史の教科書でだれもが知っている「三角貿易」で育った酒である。
ちなみに、ものの本によれば、17世紀から19世紀にかけて大西洋上で勢力をもった英国海軍は、ジャマイカなどでラムを積み込み、毎日乗組員に配給していたそうな。水割りのラムは、指揮官のニックネームからグロッグ(grog)と呼ばれた。「二日酔いでグロッキー」などと言うが、このグロッグが語源らしい。
「葉巻の煙には独特の苦みがありますが、ウィスキーを合わせてもどうもしっくりこなかった。ラムの甘さで柔らかく包み込んでマリアージュするのがよかったです」と、中山さんは話す。
海抜2300メートルの雲の上で熟成するラム酒の愛称は
バーにあるたくさんのラムの中から、中山さんにおすすめを選んでもらった。1976年、グアテマラのサカパ市創立100周年を記念して作られた「ロン サカパ」。「海抜2300メートルの雲の上でゆっくりと熟成させたプレミアム・ラム」だそうだ。
琥珀色の輝き、レーズンや焦がしたナッツの芳醇な香りが印象的で、余韻もしっかり楽しめる。私が今まで接してきた青臭さの残るラムとはひと味もふた味も違う。
オンザロックで十分満足できるのだが、モヒートを作ってもらった。タンブラーにミントの葉をたっぷり入れて、ペストルという小さなすりこぎ棒で軽く潰して香りを出すのがポイント。琥珀色のモヒートは、独特のこくがあって、優雅な気分にさせてくれる。
「ロン サカパ」のサトウキビ畑があるのは、海抜350メートル、酸性粘土質の肥沃な土壌。一年を通して気温は30度という熱帯の気候である。だが、樽に入れて熟成させるのは、海抜2300メートルの冷涼の地。こうした環境におくことで、“天使の分け前”ともいわれる、熟成途中で樽から浸み出して蒸発する水分やアルコール分の目減り量を極力抑えることができるという。
熟成方法は、シェリーを造るソレラシステムに似ている。簡単にいえば、年数の古い酒が入った樽を下から順に組み合わせ、目減りした分は上方にある樽から補いながら熟成していく。樽は4種類を使い分ける。アメリカンウィスキーの樽が、新樽と内側を焦がした樽の2種類、シェリー樽も辛口オロロッソ樽と甘口ペドロ・ヒメネス樽の2種類。ブレンドの仕方がより複雑だ。
生産地によって違う風味を楽しめる
中山さんを訪ねる前に、予習の意味で、ラム酒のイベントに参加して、原料の糖蜜を実際になめてみた。まろやかで上品な甘さは、サトウキビの一番搾り汁を濃縮してハチミツ状にしたバージンシュガーケイン・ハニーからくるものなのだそうだ。ふつうラム酒に使われる糖蜜は、廃糖蜜といって、砂糖の製造過程で糖分を抽出した後の残り汁を使っているので、こちらはちょっと苦さを感じた。
4年ほど前、中村さんらラムが好きなバーの店主5人が集まって、日本ラム協会を創立した。イベントやセミナーなどを通じて、ラムに関する知識や飲み方の提案など啓蒙活動を続けている。
キューバやグアテマラ、ガイアナなど、生産地を歩いて、情報を収集し、交流も深めている。現地では、ラムにライムを絞って砂糖を少々加えたシンプルな飲み方が主流だが、マンゴーやグァバなどのジュースやコーラで割るなど、楽しみ方は多様だ。家庭では、日本の梅酒のように、ハーブやフルーツ、バニラなどと一緒に漬け込んだオリジナル・ラムが飲まれている。
「生産地による違いを楽しむのも面白いですよ。フランス領はコニャック風、スペイン領はシェリーブランデーの上品な甘さを強調、英国領はモルトウィスキーの味わいをイメージなど、宗主国の嗜好が反映されているんです」と、中村さん。
帰りがけ、ロイヤル・モヒートを作ってもらった。ソーダの代わりにスパークリングワインを加えたぜいたくなモヒート。果実味の豊かさが増して、味わいに深みが加わった。ワイン好きの私には、たまらない一グラスだった。
(読売新聞編集委員・永峰好美)