2012年6月アーカイブ

2012.06.29

高級クラブがコーヒー店に!? ほっこりおいしい癒し空間

  • 夜はネオンで華やぐ銀座7丁目界隈

 華やかな東京・銀座の夜を彩る店が軒を連ねる資生堂本社近くの銀座7丁目界隈。一見さんではなかなか入るのに勇気が入りそうな高級クラブが入居するビルの入り口に、「おいしい珈琲をどうぞ」と記された小さな看板を見つけた。

 天然水、ハンドドリップ、手作りクッキー、600円……。そんなキーワードに誘われて、探検するつもりでビルの中に入った。エレベーター横のフロアガイドには、「くらぶ」「会員制」を冠にした店がずらり。4階に上がり、重厚な造りの扉を見て、「ああ、やはり場違いなところに来てしまったな」と、一瞬、躊躇した。とはいえ、せっかくここまで来たのだもの、内なる好奇心がむくむくとわき上がってきた。

 思い切って扉を開けると、「いらっしゃいませえ!」と、柔らかい笑顔のご夫婦が迎えてくれた。

 「カフェ&ダイニング玲」。コーヒー好きの中村範次さん(58)が3年前、住宅設計の仕事に区切りをつけて開いた店である。銀座の一等地の16坪ほど。家賃もかなり高いはずだが、実は姉の玲子さんがこの場所で20年以上もクラブを開いていて、昼間の時間帯だけ喫茶店にしているという。

  • 「おいしい珈琲をどうぞ」の看板に誘われて……
  • 高級クラブが入居するビルでした
  • 重厚な扉に、ちょっと戸惑いました

福岡で目覚めたコーヒーへの思い

  • 柔らかな笑顔が素敵な中村さんご夫妻

 鹿児島出身で、福岡の大学に進学した。「福岡は喫茶店文化が盛んなんです。朝は雑誌や新聞を読みながら、コーヒーと軽食をとるのが習慣でした。自分でも入れていましたから、1日6~7杯、いや、もっと飲んでいたかなあ」

  • 「お茶のように何杯でも飲んでほしい」と、範次さん

 東京で就職し、大学の後輩の八千代さん(56)と結婚。たまたま自宅近くに住んでいた、素晴らしいコーヒー豆の焙煎士に出会い、範次さんの“コーヒーへの思い”はさらに募る。

 あるとき、妻のショッピングに付き合って銀座に来たら、「ゆっくりコーヒーを飲める喫茶店が銀座には意外に少ないことに気づいたのです。友人たちに聞いてみると、同じような感想でして」。頭に浮かんだのが、姉の店だった。酒のボトル棚やカウンターの木の感触、アンティーク風なピアノ。「どれも、僕にとっては喫茶店向きに感じられたので、ここでやると決めました」

 コーヒーが苦手な人でも飲めるように、すっきりした味わいに仕上げるのが、範次さん流。豆を粗めにひいて、若干ぬるめの湯で入れるのだそうだ。「玉露を入れるのと同じで、コーヒー豆をやけどさせないように気をつける」のだとか。通常78度くらいを目安にしているが、熱くて濃厚なタイプがいいという注文には、もちろん、しっかり応えるようにしている。

 最初はコーヒーだけしかサービスしていなかったが、「カレーが食べたい」「お肉が食べたい」というお客からのリクエストが次々出てきて、料理が得意な八千代さんが、カレーやビーフストロガノフ、シチューなどを作り置きして渡した。

客の要望に応えるうち、営業時間も変更に

  • 野菜たっぷりのカレーは一番人気

 集客は口コミ頼み。「ビルの4階だし、そんなに人が来ないだろうと思っていた」(範次さん)ら、1日に少なくとも2、3人、あの小さな看板を頼りに新規のお客が来るではないか。そのうちに、近隣の会社員からは、「ミーティングで使いたいから、朝11時くらいにはオープンしてほしい」などの声も上がってきて、「予想以上に忙しくなってしまった」という。

 当時外資系IT企業の営業支援の仕事で忙しかった八千代さんも、料理担当として本格的に巻き込まれることになった。

 「な~んか、成り行きなんですよね。何かをやろうとこだわりがあってことを進めていくのではなくて、お客様がこんなことしたい、こんな店だったらいいのにって教えてくれて、じゃあ、そうしましょうかという感じなんです。何となく社会がぎすぎすしている時代、たとえ短い時間であっても、ほっと癒やされる空間であればいいのかな、と思うんです」と、八千代さん。

 ランチタイムにお邪魔したので、まず、八千代さん手作りのカレーをいただいた。店で一番人気のメニューだそうだ。

 ココナッツミルクとマンゴーチャツネのマイルドな味わいだが、しょうゆが隠し味になっているそうで、香辛料を感じさせない。この店ではあくまでもコーヒーが主役なのだ。

もっともっと極めて、楽しませたい

  • 八千代さん手作りのクッキーとともにコーヒーを味わう

 範次さんが丁寧に入れてくれたのは、ブラジルとクリスタルマウンテンの定番ブレンド。何杯でもお代わりをしたくなるような、癖のない味わいだ。水にはこだわっていて、大分県由布市の阿蘇野にある白水(しらみず)鉱泉の天然炭酸水を使っている。炭酸水をそのままいただいてみたが、かなり酸味がある。甘味を加えたら、ラムネのようになるのだろうか。

  • 土曜夜は落語会など、様々なイベントで盛り上がる

 「ほっとするね、落ち着くねと言ってもらうのが、一番うれしい。コーヒーをもっともっと極めて、皆を楽しませたいですね」と、範次さん。

 週末土曜日は、クラブが休みなので、深夜まで営業する。ジャズライブあり、落語あり、トークイベントありで、行動派の八千代さんが、お客からの要望を聞きながら、組み立てる。

 夫妻の話を聞いているうちに、私もほっこり温かい気持ちになってきた。

 何とも居心地のいい、銀座の癒し空間。本当はだれにも教えたくなかったのだけれど、あまりに素敵な店主夫妻なので、つづってしまいました。

 (読売新聞 編集委員・永峰好美)

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2012.06.15

みんなが感じる「銀座らしさ」のヒミツ

  • 抜けるような青空も、銀座の街並みデザインで重要な役割を果たす

 東京・銀座の街をぶらぶら歩きながら、銀座で商いをしている人たちがよく使う「銀座らしさ」って何だろう?と考えることがある。7年ぶりに新聞社に戻り、仮社屋のある東銀座の周りを探索しつつ、改めて考える機会があった。

 4月6日付の小欄で、銀座街づくり会議・銀座デザイン協議会が「銀座デザインルール」の第2版を出版した話題を紹介した。

 銀座における街づくりのルールは二本立てで、一つは、法的な強制力に裏打ちされた地区計画など行政のルール。もう一つは、銀座の人々が昔から継続してきた、何事も話し合うという日本型の物決めのルールである。「二つのルールは表裏一体で、銀座という街を支えている」と、このほど開かれた同会議の報告会で、アドバイザーで慶応大学教授の小林博人さんは強調した。

 その延長線上でデザインルールが作られ、銀座地区では、新築される建物や屋外広告などの工作物について、そのデザインや色が銀座の街にふさわしい景観を作っているか、「銀座らしさ」を損ねていないか、事前に地元の人々と協議されることになっている。

 数値や言葉の定義では規定できないデザインルールが導入されるまでの経緯を、ちょっと振り返ってみよう。

大規模開発で銀座に超高層ビル!?

  • ユニクロ1号店は、今はg.u.に。隣は、間接表現で柔らかなイメージになったモーブッサン
  • ファサードのカラーを変更した銀座通りのユニクロ1号店(「銀座デザインルール」第2版から)

 銀座街づくり会議企画運営担当の竹沢えり子さんによれば、銀座地区で、建物の高さを56メートルまでに制限するとした地区計画「銀座ルール」が導入されたのは、1998年。中央区と銀座通連合会が協議の末、通りごとに容積率、高さ、壁面後退を定めた条例である。ところが、総合設計や特定街区の例外事項が認められていたため、2003年、銀座の人々にとって想定外のことが起こった。その前年に制定された都市再生特別措置法に依拠して、200メートル近い超高層を含む大規模開発が銀座通りの6丁目で提案されることになったのだ。

 「ほかにも、大規模開発の案件がいくつか登場してきて、当時の『銀座ルール』のままではいつの間にか街が大きく変化してしまうのではないかという危機感をもつようになったのです」(竹沢さん)

 前後して、銀座通連合会の80周年記念事業で「銀座まちづくりヴィジョン」が発表された。銀座全体で銀座をどういう街にしていくか、専門家と地元の人々とが話し合える場づくりが求められるようになってきた。こうして、2004年、「銀座街づくり会議」が発足する。

 そのうちに、「高さや容積率は問題ないけれど、このデザインは少々銀座にふさわしくないのではないかといった案件が出てきました。結局、事業者や建築家を呼び出して、何度か議論することになりまして。そこで2年後に誕生するのが銀座デザイン協議会の仕組みでした」(竹沢さん)。

 では、実際に、デザインルールはどのように活用されているのだろうか。

ユニクロ、資生堂、大黒屋らデザインを変更

  • 銀座4丁目の大黒屋の広告も、落ち着いたイメージに

 2006年の銀座デザイン協議会発足以降、現在までに協議された案件は約700件。広告デザインの変更が、その多数を占める。

 報告会で小林教授が挙げた事例をいくつかご紹介すると――

 ▽際立ちすぎる色の使用や組み合わせを避けて、周囲の街並みに調和する配色になるように工夫する。銀座通りに進出したカジュアル衣料のユニクロ1号店は、企業のテーマカラーである赤を使ったファサード案を、最終的には白に変更した。

  • 資生堂の仮囲いは街のにぎわいに貢献している

 ▽銀座通りの高級ジュエリーのモーブッサンは、ブランドイメージの表現として、大柄の花柄模様をファサードに直接貼り付ける方法をとる予定だったが、周りとの調和を考え、透明ガラスの内部に模様を描くことで柔らかい間接的な表現に変えた。

 ▽銀座4丁目交差点の「大黒屋」の広告は、ズバリ商品が登場するデザインを見直し、文字サイズも縮小して、落ち着きのあるものにした。

 ▽工事中の仮囲いも、華やかな通りのにぎわい感を演出する重要な要素。資生堂のデザインは、当初、唇部分がもう少し大きく強調されていたが、近隣からの要望で小さく修正した。

 ▽住生活関連産業のリクシルは、屋上広告の企業ロゴの色調を抑えめに。同社の所在地は京橋地区なので、本来は銀座ルールに従う必要はないのだが、自主的に配慮がなされた。

話し合いで「銀座らしさ」共有

  • 空の連続性が貴重な銀座だからこそ、隣接の京橋地区の屋上広告も色彩に配慮が……

 銀座デザイン協議においては、チェックリストが用意されている。「使われている素材や色は銀座のにぎわいと風格ある街並みにそぐわないものではないですか?」「周囲から突出した内容の看板デザインになっていませんか?」などだが、項目を一つ一つ厳密にチェックするというわけではなく、互いに、「これは銀座らしくないんじゃないですか?」「ああ、そうかもしれませんねえ」といった風に、あうんの呼吸で決着していくのだという。

 どういう形であれ、銀座という街に関わっている人たちを包み込む、この独特の空気感……。今後も、いくつもの話し合い事例を積み重ねつつ、「銀座らしさ」を象徴する銀座デザインルールは、柔軟に進化していくに違いない。

 (読売新聞 編集委員・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)