2012.01.31

ザ・タイガース生演奏が聴けたジャズ喫茶

  • 41年ぶりに“復活”したザ・タイガースの武道館コンサートには、早くからファンの列が……

 1971年1月24日。グループサウンズ、ザ・タイガースが東京・日本武道館で解散コンサート「ビューティフル・コンサート」を開いた。ファンの私にとっては忘れられない日である。

 当時中学生だった私は現場には行けなかったけれど、学校から帰って自宅のプレーヤーで彼らのレコードをかけまくり、友人と一緒に「もう聴けなくなっちゃうんだね」と、しんみり涙したことを覚えている。

 そのラストコンサートから41年経った2012年1月24日。武道館に、60代になったジュリー(沢田研二)、タロー(森本太郎)、サリー(岸部一徳)、ピー(瞳みのる)が勢ぞろいした。昨年9月に始まったジュリーの全国ツアーに、ザ・タイガースの当時のメンバー3人がゲスト参加、38公演の最後を飾るのが、武道館コンサートだった。

 開演40分ほど前に武道館に到着すると、正面入口の階段付近はもう人、人、人……。おそろいで作ったと思われるザ・タイガースの文字入りイエローTシャツ姿の女性グループ、ネクタイに背広姿で沈黙したまま背中を丸めている男性グループ、母親に連れられて来たミニスカートの娘さん。ステージの後ろ側も開放して約1万3000人のファンが詰めかけ、様々な思いでコンサートの始まりを待っていた。

  • ステージの後ろ側も開放して、約1万3000人のファンが集まった。
  • 資料提供:ユニバーサル ミュージック

復活を予感させたピーの言葉

  • (左から)岸部一徳、沢田研二、瞳みのる、森本太郎

 ジュリーがソロで歌っていた「G.S.I LOVE YOU」が流れ、メンバーが登場。

 「ミスター・ムーンライト」「ドゥ・ユー・ラブ・ミー」「タイム・イズ・オン・マイ・サイド」など、おはこの洋楽に始まり、「僕のマリー」「モナリザの微笑」「銀河のロマンス」「坊や祈っておくれ」「淋しい雨」「風は知らない」「散りゆく青春」「花の首飾り」「割れた地球」「怒りの鐘を鳴らせ」「美しき愛の掟」「青い鳥」「シーサイド・バウンド」「君だけに愛を」「誓いの明日」「シー・シー・シー」「落葉の物語」「ラヴ・ラヴ・ラヴ」……。

 ザ・タイガースの思い出の名曲が続く。最近とみに記憶力がなくなったと実感している私だが、オリジナル曲はほぼ全曲歌詞をすらすら口ずさめるのだから不思議なものだ。

 41年ぶりにステージに戻ってきたドラムのピーの華麗なスティックさばきにも感動した。

 ピーは、自著「ロング・グッバイのあとで」(集英社)の中で、1971年1月24日の解散コンサートを終えた後のことをこう記している。

  • 解散コンサートを終えて、東京・有楽町のガード下での送別の宴を最後に、ピーは芸能界を引退した

 「内田裕也さんが送別の宴を東京・有楽町のちゃんこ料理店で開いてくれた。その宴の最後、いよいよメンバーと別れるとき、僕は少々いきがって『十 年後に会おう。君らはきっと乞食になっているだろう』と言い残した。強がって言ったものの、その後の生活の保障は何もなかった。ただ、勉強だけを信じ て……」

 そして、コンサートを見に来てくれた中学時代の親友2人と、レンタルした2トントラックに乗り込み、家財道具を積み込んで一路故郷の京都へ。大学に進学し、教職に就いた彼は、以来メンバーとは音信不通だった。

 そのピーが戻ってきたのだ!

 2011年3月9日付けの読売本紙夕刊のピーのその後を伝える記事を読んで、私は、何となくこの日が来ることを予感していた。

 記事の中で、ピーは、慶応高校の教員(中国語)を辞めて北京に拠点を構え、人生を振り返る自伝の出版を準備、「人生に定年はない。今後は様々なことに挑戦したい」と話した。さらに、毎日1時間以上のドラムの練習を続けていると明かしていたのである。

「全員そろってこそ」

  • (左から)岸部一徳、岸部シロー、沢田研二、森本太郎、瞳みのる

 武道館でのサプライズは、後期メンバー、岸部シローの登場だった。脳梗塞を患ったシローは後遺症で歩行が困難。兄のサリーに両脇を抱えられるようにしてステージに立つと、「こんなステージに立てるなんて夢のよう。すべてジュリーのおかげや」と静かに語り、映画「小さな恋のメロディ」のサウンドトラックで知られるビージーズの「若葉のころ」をつぶやくように歌った。透明感のある高音の美声は健在で、私の周囲ではすすり泣きが漏れた。

 「タイム・イズ・オン・マイ・サイド」のジュリーのジャンプに狭い座席でも同調して飛び上がり、スローな曲ではお行儀よく肩でリズムをとり、「君だけに愛を」のジュリーの指差しには久しぶりに腹筋を使って絶叫し、「ラヴ・ラヴ・ラヴ」ではL文字をつくって共に歌った。

 ローリングストーンズの「サティスファクション」をアンコールに、最後は会場にいる全員で一本締め。

 天井から金と銀のテープが舞い降りて、タイムスリップ。

 初期メンバーのトッポ(加橋かつみ)だけが不参加だったが、ジュリーは、「全員そろってこそ、ザ・タイガース。近い将来、きっと実現させます」と約束した。

 あの日の続きをありがとう!!

 自然に涙があふれた。

間近でGS生演奏

  • 「ヤングメイツ」があった有楽町の東宝ツインタワービルは今も健在

 さて、銀座とザ・タイガースのことを少々――。

 1960~70年代当時、銀座や新宿、池袋には、グループサウンズの生演奏が間近で聴けるジャズ喫茶がいくつかあった。中学生だった私にとって、新宿や池袋はなんだか怖かったし、銀座は大人の場所で敷居が高かった。東京宝塚劇場に近い有楽町の東宝ツインタワービルの地下にある「ヤングメイツ」に潜り込むのが精いっぱい。

 入場整理券をゲットするため、日曜早朝、友人と一番電車に揺られたことがよみがえる。お小遣いをためて、銀座の三愛でちょっとお姉さんっぽいブラウスを買って出かけた。高校生が多く、私たちは「あなたたち、若いね」なんて冷やかされたことも少なくなかった。

 今は大人向けのディスコに変わってしまったこの空間、今思えば、ステージとの距離がものすごく近くて、間近に見ることができたし、多分カメラ撮影もそれほど厳しくなかったし、プレゼントも手渡しできたっけ。

  • 「ザ・タイガース ハーイ!ロンドン」DVD発売中 4,725円(税込)発売・販売元:東宝

 当時の「ヤングメイツ」でのライブの様子は、ザ・タイガースの3作目の映画DVD「ハーイ!ロンドン」(1969年度作品)で見られる。

 多忙なスケジュールに追われるメンバー5人の前に、魂と引き換えに自由な時間をくれるという悪魔の化身(藤田まこと)が現れ、どたばた劇が始まるといった筋書き。「ヤングメイツ」でのシーンでは、ファンクラブ会員の中から抽選で選ばれた女性たちが参加しているが、流行のミニスカートをはきこなしつつ、皆ぽっちゃり型で、時代を感じさせる。

 この映画、日本映画初のロンドンロケとかで、当時のロンドンのストリートファッションや音楽の熱気、それに憧れる日本人の心持ちなどが伝わってきて、実に興味深い。

 英国航空がBOACと呼ばれ、「(飛行機で)南周りだと30時間以上だけれど、北周りだと17時間!」なんて台詞もあり、北極上空を飛んだ証明書が大映しになる。

 久しぶりの“同窓会”を懐かしみ楽しんで、仲間に会えて「本当によかった」と幸福な時間をかみしめ、そして、「また皆で絶対集まろうね」と誓い合う。

 あの心地よい空間と時間は、私にとって何よりも元気の素。大切にしていきたい。

 (プランタン銀座常務・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)