2011.07.01

涼を感じる光と音のアートスポット

 松尾高弘さんが生み出す幻想的な空間

  • 松尾高弘さんの新作「White Rain」

 6月なのに、全国的に記録的な猛暑日が報告されている日本列島――。「節電」が叫ばれている今夏だが、視覚的にも聴覚的にも「涼」が感じられる、なんとも素敵なアートスポットを東京・銀座で見つけた。

 銀座1丁目、銀座中央通りに面したポーラ銀座ビル3階にある「ポーラ・ミュージアム・アネックス」で、7月10日まで開催されている松尾高弘さんのインタラクティブアート展「LIGHT EMOTION(ライト・エモーション)」(入場無料)。

 インタラクティブアートとは、作品と鑑賞者が対話性をもつアートをいう。たとえば、人が作品の中で動いたり触ったりすることで、知覚的で感覚的な変化を楽しめるのが特徴だ。

 1979年生まれの松尾さんは、この分野で国際的に活躍する若手アーティスト。光や造形、音の組み合わせによって、幻想的な空間を造り出すのを得意としている。作品のコンセプトワークから、ソフトウェアやヴィジュアル制作、空間構成、器具などの開発、システムのセットアップに至るまで、ほとんどを一人でこなす。

降りそそぐ光の雫

  • 光のシャワーの中を歩くと、強くきらめく光の雫が降ってくる

 会場を入って最初の部屋は、夜のとばりが降りたような真っ暗な空間。その一角に、滑らかに流れるように、白く輝く繊細な光の集合体があった。

 雨を題材にした新作「White Rain(ホワイト・レイン)」。天井から透明なアクリルバーが吊られていて、上部からLEDの光が雨粒のように落ちてくる。微妙に揺れるアクリルバーに光がランダムに反射して、みずみずしく躍動する光の質感が美しい。

 「どうぞ中に入って、歩いてみてください」という会場スタッフの声に促され、光のシャワーの中に身を置いてみた。

 すると、私の周りには、ひときわ強くきらめく光の雫が降ってくるではないか。思わず両手のひらで雫を受け止めたい衝動にかられた。しばらくすると、光の雫の連鎖に自ら溶け込んでいくような、そう、夢幻の空間に身をゆだねるような、心地よくも不思議な感覚に酔った。

 ピアノの単調な響きも、雨音が自然に刻むリズムを連想させて、足取りが軽くなる。

 「光という素材の原点に立ち返りました。純粋に光そのものと対峙してみようと決めたところからスタートしたんです。純粋な光に向かうということは色彩は必要ない。無彩色の空間の中で感覚を突き詰めたかった」と、松尾さんはいう。

それぞれの“EMOTION”を

  • イタリアの「ミラノサローネ」で話題になった作品「Aquatic Colors」

 松尾さんはテーマの一つだった白い光を美しく表現するために、雨の質感と雨粒が落ちる表現が最適だと考えた。「雨は日常の生活シーンの中で、だれでも体験記憶として刷り込まれていますよね。だから、その日常の風景を非日常の風景として表現すれば、コントラストが大きくて面白いのではないかと……」

 雨は重力によって不規則に降り注ぐ雨粒の集合体。その物理的な法則性を、コンピューターでシミュレーションし、動きと発光のシステムをプログラミング、視覚化した。

 さらに、「タイトルのEMOTIONという言葉には、楽しい感動も、逆に悲しさや寂しさなどの感情も、すべてが含まれています。作品に触れた人が、光を美しいものとしてとらえるだけでなく、光を通じて各人の感覚の根っこにあるものを本能的に想起するような体験をしてくれたらと思います」とも。

 確かに、光のシャワーから出て、人がいる空間を外から客観的に見つめ直すと、また違う印象をもった。物思いにふけっている人の横顔、雨の日のきらめきを見つけて楽しんでいる人の背中など、それぞれがライトアップされて、輝いていた。

出会いが新しい作品のきっかけ

  • オーガンジーの幕に近づくと、クラゲの群れが浮かび上がる

 2番目の部屋は、深海をイメージしたやや薄暗い空間だった。世界最大級のデザインの祭典、イタリアの「ミラノサローネ」で2009年に発表した「Aquatic Colors(アクアティック・カラーズ)」という作品である。

 部屋の中央には、軽量で強い光沢のある超極薄繊維、オーガンジーで幕が張られ、プロジェクターでクラゲが浮遊する映像が投影されていた。オーガンジーの曲面にからだを近づけると、クラゲの群れが連鎖的に発光し、暗闇から浮かび上がり、ゆっくりと明滅しながら私の後をついてくる。淡い青色の光が波打つように空間全体を覆い、広がっていく。

  • ポーラ銀座ビル1階のショーウィンドウを飾る「Aurora」

 クラゲたちの自然な明滅は、人間の心拍の感覚やろうそくの炎の揺れ方など、自然界でみられる1/fゆらぎ理論を応用して造られたという。クラゲたちと遊びながら、深海の神秘のささやきに耳を澄ましている私が、そこにいた。涼やかで穏やかな時間は楽しい。

 「場所と人との出会いが、新しい作品を造り続けるきっかけになる。これからも光と空間をさらに追求して、より大規模なインスタレーションや舞台芸術、商空間など、横断的に展開していきたいです」と、松尾さんは語る。

 ギャラリーの展示と合わせて、1階のショーウィンドウには、松尾さんがデザインしたディスプレイ「Aurora(オーロラ)」が展示されているので、こちらも要チェックだ。

 揺れるオーガンジーに、昼間は太陽光が、夜はLED照明の様々な色彩の光が不規則に反射し、オーロラのように美しい光景が展開されている。

 繊細な光の戯れを映し出しつつ、ふんわりと優雅に宙を舞う布の動きに、そよ吹く風を感じ、安らいだ。

(プランタン銀座常務・永峰好美)

 ◆ポーラ・ミュージアム・アネックス

 http://www.pola.co.jp/m-annex/

 ◆松尾高弘さんのオフィシャルサイト

 http://www.monoscape.jp/

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)