2011.04.22

新緑の息吹、通りそれぞれに

 並木通りから並木が消えた

  • 銀座桜通りの桜はあでやかな八重桜

 前回、4月1日付けの小欄で、銀座で小料理店を開いていた歌人、鈴木真砂女の話を書いたところ、読者の方から、彼女の銀座についてのエッセイ集に関する問い合わせをいただいた。

 多くの著作をもつ真砂女だが、私の手元にあるものを何冊かご紹介すると、「銀座に生きる」(富士見書房)、「銀座・女将のグルメ歳時記」(文化出版局)、「銀座諸事折々」(角川書店)、「お稲荷さんの路地」(角川文庫)などが挙げられようか。

 改めてぱらぱらとページをめくってみると、真砂女が、店のあった銀座1丁目周辺の街路樹にひとかたならぬ思いを寄せているとわかる文章に幾度も出合った。

  • 花はおおぶりでピンクの色も濃い

 十数年前、角川書店の雑誌「俳句」に書かれた「並木通り」と題した一文には――

 「銀座並木通りの並木が、八丁目から一丁目までごっそり抜かれたのは最近のことである。銀座並木通りの名称は誰もが知るところで、並木の無い現在、何通りと呼ぶのだろうか」「銀座に店を持つということは一つの誇りでもあった。街路樹の無い並木通りを見渡すと何か物足りない。ただ一つの慰めは、一丁目と二丁目の両側の数寄屋橋通りから昭和通りまでの柳と、一丁目のどんづまりの高速道路に沿っての八重桜である。銀座(つう)の人も、並木の無い並木通りを歩いてさびしがるだろう」……。

真砂女が愛した八重桜

  • 銀座並木通りのシナノキ並木。緑がまぶしい

 並木通りの名誉のために申し上げておくと、真砂女が目撃した「並木が消えた並木通り」にはそれからまもなく新しいシナノキの苗木が植えられ、今は大木に成長し、勢いのある新緑が行きかう人々に元気を注入してくれている。並木通りの面目躍如である。6月になると、可憐な黄色い花を咲かせる。

 現在見ごろなのは、真砂女もいつも開花を楽しみにしていたという、銀座1丁目、首都高速道路に沿って走る銀座桜通りの八重桜。ソメイヨシノが散ったあと、大ぶりの濃いピンク色の花が目を楽しませてくれる。澄んだ青空の下で輝くあでやかな姿も美しいが、日暮れ時、街灯の薄明かりの中で浮かび上がる眺めに心がなごむ。

  • (左上)銀座柳通りではシダレヤナギが揺れる、(左下)外堀通りに復活した柳並木、(右)外堀通りの「銀座の恋の物語」碑の上でも柳がそよぐ

 真砂女がエッセイでも時々触れていたもう一つの街路樹は、柳である。

 柔らかい黄緑色の若葉が風に吹かれて、そよと揺れる。風まかせ、か。風になびくシダレヤナギはやはり銀座の春にふさわしく、肩の力がほっと緩まる。

 「昔恋しい銀座の柳」と、西条八十作詞の「東京行進曲」で歌われたのは、昭和の初め。幾度も絶えそうになりながら、柳は銀座に根付いてきた。銀座柳通り、銀座御門通り、そして5年ほど前、外堀通り(西銀座通り)にも、数十年ぶりに復活した。外堀通りの柳並木は、1丁目から8丁目までの約1キロに200本。8年がかりの事業が完成した。

新緑の息吹、通りそれぞれに

 受難続き

  • (左)メインストリートの銀座中央通りにはモミの木が整えられて、(中)昭和通りはイチョウ並木で、色づく秋は美しい、(右)松屋通りを特徴づけるのはハナミズキ

 時の移り変わりの中で、銀座の街路樹は受難続きだった。明治の初め、煉瓦街になった銀座では、西洋の街並みにならって、メインストリートの銀座中央通りに並木をつくる計画が進んだ。松や桜、カエデなどが選ばれたが、銀座はもともと埋め立て地で水分の多い土壌。植えられた木々は根腐れして枯れた。

  • (上)プランタン銀座の花売場に面したマロニエ通り、(下)マロニエのつぼみもふくらみつつあるとき

 代わって植えられたのが、水に強い柳である。ところが、大正時代には車道の拡張で、昭和に入ると東京大空襲での焼失などで、だんだんと姿を消していく。商店主らが補植を試みてきたが、1968年の銀座通り大改修事業で、ほとんどの柳が撤去されてしまった。いま、銀座通りにはモミの木とそれを囲むようにパンジーが植えられており、柳の姿はない。

 プランタン銀座のあるマロニエ通りには、通りの名前からもわかるように、マロニエの並木がある。日本名はトチノキというが、やはりマロニエの方がぴんとくる。新緑のいま、ピンクの花のつぼみが房状に並び、ふくらみ始めている。マロニエ通りも、交差する昭和通りを超えると、幹の色が緑色のアオギリ並木に変わる。ちなみに、昭和通りはイチョウの並木である。

 松屋通りはハナミズキで、清楚な白い花が満開だ。真ん中の大通り、晴海通りには、周囲のビル群にも負けないくらい、背が高く、堂々と立派なケヤキが育っている。

街路樹は通りの個性

  • 立派なケヤキ並木が続く晴海通り

 晴海通りを渡って新橋方面に向かうと、みゆき通りに。そこには、「モクセイ科のヒトツバタゴ」の標識を掲げた木々が植えられていた。別名ナンジャモンジャ。明治のころ、東京・青山の練兵場の道路沿いにあった木で、人々が「(この木は)何の木じゃ?」と言っていたのがいつの間にか「ナンジャモンジャ」と呼ばれるようになったとの逸話をもつ。5月には、プロペラ型の白い花が咲くという。

  • (左)みゆき通りにはナンジャモンジャが植えられている、(右)花椿通りのトウカエデの葉は先が3つに割れている

 さらに新橋寄りの交詢社通りには、中国原産のトウカエデ、また、資生堂の社屋がある花椿通りにはハナミズキの並木が続く。ただし、通りの先頭に数本のツバキの木が植えられていて、これは出雲から贈られたヤブツバキだそうだ。

 東京・中央区役所の水とみどりの課の担当者によると、道路や水道管のメンテナンス時とか古い建物の取り壊し・建て替えの際に、木々の移植が難しく、臨機応変に植え替えることがあるのだとか。ただし、「街路樹はそれぞれの通りの個性を印象付ける重要な要素なので、何を植えるかは、町内会と入念に相談して決める」という。

 通りから通りへ、新緑の息吹の訪れを感じながら、どんな街路樹があるかを見て歩くのが楽しい季節である。

(プランタン銀座取締役・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)