2011年3月アーカイブ

2011.03.18

在日難民の心つむぐ、伝統レース編み

「国を持たない世界最大の少数民族」

  • 「国を持たない最大の少数民族」と呼ばれるクルド民族は、トルコなど中東地域に暮らす

 本来のビジネスカードとともに、私はもう1枚、名刺を持ち歩いている。レモンイエローの下地に朱色で「人」の一文字がデザインされていて、お会いした方からは「おしゃれですね」となかなか好評だ。

 私のもう一つの肩書、NPO法人難民支援協会理事の名刺である。

 「難民」とは、遠い国の難民キャンプにいる人たちだけではない。毎年300人以上、これまでに実に1万人近い人々が、政治的・宗教的な理由などによって保護を求めて日本にたどり着いている事実をご存知だろうか?

 そんな在日難民を支援しているNPOだ。新聞記者時代からのお付き合いで、数年前から理事を引き受けている。

  • 日本在住のクルド難民のお母さんたちが手作りした伝統レース編み

 在日難民(申請中も含む)のうちでも多くの割合を占めるのがクルド民族。トルコ、イラン、イラク、シリアなどの国境地帯に暮らす人々で、「国を持たない世界最大の少数民族」と呼ばれることもある。

 だが、彼らが日本で正式に難民としてのステイタスを認められることは難しく、難民申請をしてから結果が出るまでに、平均して2年ほどの時間が費やされているのが現状だ。

 その間、彼らの多くは仕事に就くことも認められず、国民健康保険も適用されず、経済的にも肉体・精神的にも非常に厳しい生活を強いられている。

母から娘へ、伝統のレース編み

  • 繊細なレース編みの技法は母から娘へと代々伝えられている

 協会では、2年ほど前から、クルド難民女性の自立支援プロジェクトを立ち上げ、彼女たちのもつ伝統的なレース編み「オヤ(Oya)」の技術に注目。「Azadi(アザディ=クルド語で平和・自由の意味)」というオリジナルブランドをつくった。

 ネックレスやピアス、ストラップ、ヘアピンなどアクセサリーや雑貨約50種類ができ上がり、3月22日から1週間、プランタン銀座本館1階の服飾雑貨売場で、初めて商品展開することになった。

  • 「オヤ」プロジェクトに集まったクルド女性たち

 レース編み「オヤ」は、道具や技法によって様々な呼び方があるそうで、レース針を使用する「トゥーオヤ」、ビーズを編み込む「ボンジュクオヤ」など。今回の商品は、主に「トゥーオヤ」の技法で作られている。繊細で緻密なレースの風合いや多様な彩りに、私は一目で魅了されてしまった。

 フェミニンな今年のファッショントレンドにも似合いそう!

 こうした高度なハンドメイドの技法をはじめ、花や果実などの大自然からインスピレーションを得てつくられる絵柄、色糸の組み合わせなどすべて、母から娘へと受け継がれたものという。

 クルド女性が髪を覆い隠すのに使うスカーフの縁に飾られるオヤには、家族に対する感謝や女性の恋心などが表されているそうで、オヤは、クルド女性にとって自分の気持ちを素直に表現する大切な手段でもあるのだ。

日本との交わり、自信に

  • 豊富な色使いも「オヤ」の特徴

 日本での厳しく孤立した生活を余儀なくされている彼女たちだが、協会が音頭を取って、仲間と一緒にオヤを製作する機会を設けることで、積極性が増し、互いに助け合えることを知り、コミュニケーション力もどんどん高まっているという。

 以前、昨年8月20付の小欄で、フィリピンのスラム街のお母さんたちが、リサイクルした菓子の包装紙を使ってポーチや財布などを製作、プランタン銀座で販売した話題を紹介したことがある。

  • お母さんたちのオリジナルブランド名は「Azadi」。平和・自由を意味する

 その活動を現地で支援しているNPO法人アクションの横田宗さんが帰国して、こんな話を聞かせてくれた。

 東京・銀座の百貨店の売場に商品が置かれている場面を実際に映像で見せたところ、「今まで自分が生活する小さな地域のことしか知らなかった。でも、私の作ったものが役立っている、外の世界の人たちとつながっているのだと初めて実感できた」と、涙を流して喜ぶお母さんたちがいたそうだ。

 オヤを作るお母さんたちも、同じように、自信をつけ、日本社会との交わりを深めるきっかけを見つけてくれるに違いない。

 そして、私たちも、身近にある難民問題に少しでも関心をもち、日本にいる私たちだからこそできる支援は何だろう? と、考える機会にできれば素敵だ。

 ストラップは840円から、ピアスは1260円から、ネックレスは2835円から。オヤ商品の収益は、在日クルド難民の生活向上のために使われる。

(プランタン銀座取締役・永峰好美)

 ◆NPO法人難民支援協会

 http://www.refugee.or.jp/

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2011.03.04

銀座「花×菓子」さんぽ

ビルのふもとに「菜の花のじゅうたん」

  • 銀座8丁目、千代橋付近で見つけたカワヅザクラ

 春の訪れが待ち遠しいこの季節、東京・銀座8丁目にある銀座中学校そば、今は高速道路に変身した築地川跡にかかる千代橋を通りかかったら、桜の開花を発見!

 といっても、伊豆半島の石廊崎あたりでみられる寒桜の園芸品種「カワヅザクラ」。地元のロータリークラブが寄贈した1本だった。淡い紅紫の華麗な花びらで、その周辺だけ、ひときわ華やいだ雰囲気である。

 今年の桜の開花予想によれば、東京都心では3月27日あたりとか。桜のシーズンより 一足早く、菜の花が満開の場所があると聞いて、足を延ばしてみた。

 千代橋から歩いて5分ほどの、旧浜離宮庭園名物の菜の花畑である。

 同庭園は、江戸時代初期は徳川将軍家の鷹狩り場だった場所。6代将軍家宣の時代に「浜御殿」と称される将軍家別邸になり、鴨場や茶屋を整備・拡充、明治維新後は皇室の離宮になって、「浜離宮」と名前を変えた。

  • (上)江戸時代、荷物を積んだ小舟が行き交った、(下)平成20年に大規模修復を行った石積みの護岸

 東京湾からの海水を引き入れ、潮の干満によって池の趣を変える様式の「潮入(しおいり)の池」は、江戸時代の大名庭園の特色を物語る、都内の江戸庭園では唯一現存する海水の池だ。

 また、舟で運ばれてきたさまざまな物資は、内堀で陸揚げされたそうで、今も残る石積みの護岸は、江戸時代の水運の遺構として貴重な史料とされている。

 庭園の周囲には現在、ホテルやオフィスビルなど高層ビルが立ち並ぶが、その足元には野鳥が生息し、四季の花々が咲き誇るなど、まさに「都心のオアシス」の風情があふれている。一角にある「お花畑」は、春は菜の花、秋はコスモスで埋め尽くされる。

 30万本もの菜の花が香る黄色のじゅうたんに包まれると、ああ、春の足音が近づいているのが実感できますね!

  • 旧浜離宮庭園・塩入の池から汐留の高層ビル街を臨む
  • 30万本の菜の花で埋まったお花畑
  • 菜の花が春の訪れを告げてくれる

向島で生まれた桜餅

  • 明治40年創業の清月堂本店

 公園をあとに、新橋演舞場方面に戻ると、明治40年創業の和菓子の老舗、清月堂本店ののれんが気になった。

 風味たっぷりの十勝産の小豆を使った(あん)を味わう「あずま銀座」は、気軽な手土産によく利用させていただいているのだが、やはり、今回は、春の気配を意識して、桜餅を購入することにした。

  • 桜葉に徹底的にこだわった清月堂の桜餅

 桜餅の歴史をひもとけば、ルーツは、享保2年、1717年にさかのぼる。

 隅田川東岸の向島を訪れた8代将軍徳川吉宗は、景色が寂しいからと、川の堤に桜の木を植えるように命じ、その結果、浅草から向島界隈の隅田川堤は桜の名所になった。

 あるとき、向島・長命寺の門番をしていた男が、土手の桜の葉を拾って樽で塩漬けにし、餡入りの餅をはさんでみたところ、なかなかうまい。これが桜餅の始まりといわれている。その後、長命寺門前で売られた桜餅は江戸を代表する名物となり、年間40万個近くが作られたという。その味は、今なお向島名物として親しまれている。

「長命寺」と「道明寺」

 ところで、桜餅には大きく分けて、小麦粉などを水で溶かしてクレープ風に焼いた皮を用いる関東風と、道明寺粉(米を蒸して乾燥させた道明寺ほしいいを荒く砕いたもの)を蒸して作る関西風の二通りがある。

 清月堂のは、関東風の焼いた薄皮で包んだ上品な一品。桜の葉にはたいそうなこだわりがあって、海風を浴びて育った西伊豆・松崎町のものを手摘み、傷や変色などを厳しくチェックした後、木樽に並べて丁寧に漬け込むそうだ。

 一方、昭和通りを越えた側の同じく銀座8丁目、萬年堂本店は、関西風の道明寺系。京都寺町三条で、御所や寺社に菓子を納めていた店がルーツだと聞いて、納得だ。何ともきれいな俵型。この季節、きんとんを使った「菜の花」の生菓子も見逃せない。

  • 京都にルーツをもつ萬年堂本店は道明寺タイプ
  • この季節限定の「菜の花」の生菓子も萬年堂で見逃せない

銀座の桜餅いろいろ

  • (左上)「一文字」と呼ばれる銀座菊廼舎本店の桜餅、(左下)銀座あけぼのの店頭には、桜餅がいっぱい!、(右上)四角い形が独特の銀座あけぼの、(右下)色粉を加えないもっちりした白い皮が空也の特徴

 ほかに、銀座に本店を置く和菓子店の、私のおすすめ桜餅をご紹介すると……。

 5丁目の銀座コアビル地下にある銀座・菊廼舎(きくのや)本店では、関東風に焼いた皮で包んだ桜餅を、道明寺と区別して、「一文字」と呼ぶ。紅白あって、紅い皮がこし餡、白い皮が粒餡。もっちりした食感が楽しい。

 今の季節、銀座限定のイチゴ大福が人気の銀座5丁目、銀座あけぼの自慢の桜餅は、餡を茶巾寿司のように包んだ独特の四角い形。白玉粉をたっぷり用いた皮はふんわりしっとり。桜花の塩味もアクセントになっている。銀座4丁目の交差点に近いせいか、外国人観光客の姿も多い。

  • 静かなたたずまいの銀座6丁目の空也

 銀座6丁目の空也は、最中で有名だが、桜餅もおすすめ。上野池之端で創業し、戦後に銀座の並木通りに移った同店は、茶室のように静寂なたたずまいだが、気取った感じはない。だが、すべて予約制。玄関には、「本日のもなかはすべて売り切れ」の案内が常にかかっている。最近は、ハングルでの案内文も加わった。韓国からの観光客も訪れるのだろう。

 桜餅は関東風の焼き皮で、色粉は加えず、白いままの素材が美しい。こし餡は淡い色合いで、甘さを抑えた繊細な味わいが私の好みでもある。

 ところで、桜餅を包んでいる桜の葉は、食べるのか? それとも、除くのだろうか?

 私は、あの豊かな香りが好きなので、断然、「食べる」派である。元祖「長命寺桜もち」の店主は、「食べ物はやはりそれぞれのお好みで」としながらも、葉をはずして食べることを勧めていた。

 春はすぐそこ……。口の中には、春の悦びがじんわりと広がっている。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)