下描き・修正なしの「落書き」
「まだ知名度はないかもしれないけれど、デッサン力があって、私は紹介されて、一目ぼれしてしまいました……」
プランタン銀座のギャラリーを担当するスタッフが、ちょっと興奮した声で教えてくれた。
今回は、小林系さんという若手イラストレーターについてご紹介したい。
昨年5月に初めて出版した画集「Note Book」(飛鳥新社)が好評で、先般、平成22年度の文化庁メディア芸術祭で「マンガ部門」の審査委員会推薦作品に選ばれた。
この作品集、小林さんが日々描きためたスケッチブックをそのまま本にしたもの。ボールペンと少しの筆ペンを使い、下描きも修正もまったくせずに、描き切った「落書き」というが、これが迫力があってすごい。
鳥とともに空を飛ぶ少女、回遊する無数の魚たち、風に歪む街並み、喫茶店でくつろぐ女性、自動販売機、幾何学模様のような星のまたたき、世界を埋め尽くす矢羽……。日常の空間と幻想の世界が縦横無尽に交錯して、どこか浮遊しているような不思議な感覚を覚えるのだ。
画が持つ、巧さを超えたなにか
ページをめくるごとに、新しいイメージが現れ、突然物語が始まったり、日常のたわいない風景がはさまれたり。自由に筆を走らせているのだろうが、幾重にも連なる繊細な線の流れは濃密で、心地よい緊張感さえ与えてくれる。
画集の監修者、イラストレーターの綿貫透さんによれば、「手の訓練というよりは全体的に思考している感じ。落書き一枚が完成されている」との評。
画集の紹介文には、来日したフランスの人気漫画家メビウスが、何度も「傑作!」と叫び、「画は巧さを超えたなにかを表すことがある。この画にはそれがある」と感嘆した、とあった。
小林さんは、専門学校でデザイン・イラストを学んだあと、スカウトされたゲーム会社で3年ほど働き、今はフリーランスで活動している。
「幼いころから絵本の模写をしたりして、何がしか描いていましたね。特技は?と聞かれたら、絵くらいしかない。専門学校に進んだのは自然の成り行きです。漫画の『スラムダンク』が好きでバスケットボール部に入ったり、結構ミーハーなところもありました」
ほとんどは喫茶店で
仕事の合間に思いついたものを描き続けたスケッチブックは7冊ほど。今回はそのうちの3冊をまとめた。ほとんどは、チェーン展開している喫茶店で描いた。画集の最初の方のページに、ジャングルジムを描いた印象的な作品がある。写生でもしたのだろうと思わせる線の組み立てなのだが、これも喫茶店で描いたのだという。
「綿貫さんと一緒に、話をしながら描いたり。結局8時間くらい長居してしまうこともありました」
喫茶店はぼーっと人間観察をするには絶好の場所。世間に発表するつもりで描いたわけではないので、「意識して格好つけている画ではないんです」。
ジャングルジムの中心にいるのは、スーツにソフト帽の大人の男性。子どものころの楽しい思い出でも巡らせているのだろうか。
そんなイメージを伝えると、「うれしいです」とにっこり。
「確かに、子どものころ、ジャングルジムに上るのが好きでした。作品を見た人にイメージを語ってもらうと、ああ、その通りだなあと思うし、そこからまたイマジネーションがわくんです」
「ミカンを人にたとえると」
小林さんの絵には、必ず人が描かれている。「人が好きですね。相手と話すことで気づかせられることがたくさんあるので、おしゃべりするのが好きです。描いているのが動物であっても、その動物との対話は人間の言葉で聞こえてくる。ミカンを描くときも、まず『人にたとえると』って考えます」
尊敬するのは、ゲームソフト「ファイナルファンタジー」のビジュアルコンセプトデザインを担当した天野喜孝さん。小学生の時に雑誌のポスターで見て、『何だろう、これは!』と衝撃を受けたそうだ。
そんな小林さんが、2月16日から28日まで、プランタン銀座本館6階の「ギャルリィ・ドゥ・プランタン」で、初の個展を開く。原画、版画を中心に、線画の美しさを活かしたトートバックやTシャツ、ポストカードなどのグッズも販売する。
ちょっと不思議な「系ワールド」を体験してみませんか?
(プランタン銀座取締役・永峰好美)