2011.01.14

帝国ホテル120年の味

 東京・日比谷にある帝国ホテルは、1890年(明治23年)に開業、「東洋一の迎賓館」とも呼ばれ、昨年11月3日、120周年を迎えた。

 120周年を記念して、今年の元旦、第13代総料理長・田中健一郎さんが「懐かしい帝国ホテルの味めぐり」という素敵な企画を催した。

 「フォンテーヌブロー」や「グリル」「プルニエ」など、一時代を画したレストランの名物料理がデザートも入れて11品、デギュスタション(テイスティング)・スタイルで供されたのである。

懐かしい味11選

 ご興味がある方もいらっしゃると思うので、1品ずつご紹介したい。

 1品目、「レインボールーム」からは、スモークサーモンとカリフラワーのバヴァロワとオマール海老の取り合わせ。スモークサーモンの塩加減がやさしい。

 2品目、世界のレストラン・ベスト10にも選ばれたことがある「レ・セゾン」からは、たらば蟹のスフレ・キャビア添え、ソーテルヌワインのソースで。

 3品目、フランスのアルザス地方のビアホールをイメージして造った「ラ ブラスリー」からは、シャラン産鴨のテリーヌ、りんごのサラダと金柑のチャツネを添えて。

  • スモークサーモンとカリフラワーのバヴァロワ
  • たらば蟹のスフレ
  • 鴨のテリーヌ

 4品目、ホテル・ハスラーのシェフを招いてオープンしたイタリア料理の「チチェローネ」からは、スパゲッティ、魚介のソースと共に。ムール貝やホタテ貝などの魚介がトマトソースと絡まって、ミートソースのシーフード版といった趣に。

 5品目、1958年にオープン、定額料金で食べ放題のスタイルが話題になった「ヴァイキング」から、珍しい(きじ)のコンソメスープ・シェリー風味。1960年の冬メニューだそうで、繊細でふわっとした柔らかな味わいが特徴だ。

 6品目、魚介の専門レストラン「プルニエ」から、旬の魚介のすり身をはさんだ寒平目のデュグレレ風。デュグレレ風とは、19世紀のフランスの料理人、アドルフ・デュクレレの名前から由来しているそうだ。当時のフランス料理には珍しく、ソースにトマトの酸味が生きている。

  • スパゲッティ
  • 雉のコンソメスープ
  • 寒平目のデュグレレ風

 7品目はお口直しで、ドンペリニヨンのグラニテにフルーツのジュレを浮かべて。

 8品目、本格フランス料理店として1970年に登場した「フォンテーヌブロー」から、仔牛の喉頭肉、牛舌とフォワグラのプレゼ・ヴォロヴァン仕立て、アルフォンス13世風。パイの中にじっくり煮込んだ肉が詰められていて、濃厚ソースは絶品だ。

 グルメブームのはしりで、文化人や経営者のお客に愛された同店は、食材はほぼフランスで使うのと同じものをそろえ、高級ワインもチーズも野菜も、日本になければ空輸で取り寄せていた。田中総料理長にとっては、一番思い出深い店でもあるという。

 9品目、「グリル」から、えぞ鹿のステーキ・トリュフソース、料理長風。ちょうどいい具合に熟成させたえぞ鹿は、とってもジューシー。

  • グラニテとフルーツのジュレ
  • 仔牛の喉頭肉と牛舌など
  • えぞ鹿のステーキ

 10品目、小さな器のなめらかチーズプリン・フルーツ飾り。

 11品目、イチゴのパイ・サバイヨンソース添え。「ムッシュ」といえばこの人、名料理長の誉れ高い第11代総料理長、村上信夫さんのスペシャリティ。1979年から250回を超える人気催事「村上信夫とフランス料理の夕べ」で供されたという。

 読者の皆さんの中にも、「ああ、懐かしい」と思われる一品を見つけた方もおられるのではないだろうか。

  • チーズプリン
  • イチゴのパイ

「料理の世界も温故知新」

  • 開業約1か月後のメニュー
  • 「フォンテーヌブロー」で使われた食器など

 私の思い出はといえば……まだ幼いころ、新しもの好きの祖父に連れられて、バイキングに行き、調子に乗って食べ過ぎて翌日おなかの具合が悪くなったこと、また、洋服を新調して出掛けた「フォンテーヌブロー」では、初めてジビエを経験、燕尾服を着たカッコいいギャルソンと記念写真を撮ったことなど、いくつかのエピソードを思い返すと、楽しく、また、ちょっぴりせつない。

 「料理の世界も温故知新。伝統の味を大切に継承しながら、未来に向けてさらなる美味の追求に努めたいと思います」と、田中総料理長の言葉は力強かった。

 その話を聞きながら、私は、2005年に亡くなられた村上信夫さんのことを思い出していた。

“ムッシュ村上”とビーフカレー

  • 村上信夫さん(右)と田中総料理長
  • 料理を作ったシェフたちが一列に並んでゲストを見送る

 読売新聞本紙でいまも続いている連載記事「時代の証言者」で、私は、亡くなられる1年ほど前、インタビューした。忘れられない話題はたくさんあるのだが、田中総料理長と同じく、「料理の基本は温故知新」と言われていたのが印象的だった。

 古い知識を知ることで新しい料理も生まれる、というのであって、その例として、帝国ホテルのメニューにある「伝統のビーフカレー」を挙げながら、実に楽しそうに説明してくれた。

 《尊敬する師であった第8代の石渡文治郎総料理長が昭和の初め、フランスの名料理人、オーギュスト・エスコフィエから教わった作り方が基本になっています。タマネギ、ニンニク、ショウガ、ニンジンをバターで炒めてカレー粉を混ぜ、肉と刻んだトマトを加えてスープで煮る。最後に米の粉でとろみをつけます。このカレーは、1936年の二・二六事件の際、帝国ホテル近くで警備にあたった兵隊さん向けに炊き出しをしたところ、とても喜ばれたと聞きます》

 《石渡のオヤジさんは、エスコフィエ直伝のカレーに自分なりの味付けを工夫しました。野菜をじっくり炒めて甘みを引き出し、ソースは裏ごしせずにつぶつぶ感を残したのです。その後、代々の料理長は石渡流カレーソースを受け継ぎ、時代ごとの新しいアレンジを加えていきました。伝統の料理はこうして、さらなる輝きを増していくのだと思います》

 帝国ホテルの懐かしい味は、ムッシュ村上のにこやかな笑顔とともに、私の記憶にいつまでも留まることだろう。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)