2010.10.22

銀座でドイツワインの新しい魅力を

留学先での出会いが運命を決めた

  • (左上)銀座6丁目、松坂屋の裏手にある「銀座ワイナックス」、(左下)和夫さんがドイツで出版した写真集は江戸西音のペンネームで、(右)ドイツの「ソムリエ」誌の表紙を飾った星野和夫社長

 東京・銀座で、ドイツワインのみを取り扱っているユニークな名物店がある。

 創業27年目を迎える「銀座ワイナックス」。主人の星野和夫社長のまたの名は「ドイツワイン大使」。ドイツ国家功労十字勲章を受章するなど、ドイツで最も有名な日本人の一人だ。

 学生時代の1970年代初め、ドイツ語習得のために行ったベルリンで、ベルリンフィルの演奏に心底魅せられて、結局8年間も滞在してしまったというドイツ好き。そのとき知人宅で出会った黄金色の飲み物が、和夫さんのその後の人生を決めることになる。

 「ハチミツどころではなく深く甘い味わい、ブドウからとは思えない魅惑的な香り。神々の飲み物『ネクター』とはまさにこれに違いないと思えた」と、あるエッセイで振り返っている。

 それが、トロッケンベーレンアウスレーゼ、つまり貴腐ワインだったのだ。

 生産地を回り、ドイツワインの多様性にますますとりつかれていくが、帰国した日本には、ドイツワインの本がほとんどなかった。「こんなに素晴らしいものは、何とかして皆に知らせなければならない」と、「ドイツワイン全書」(柴田書店)を翻訳して出版する。さらに、「能書きばかり吹聴してもワインは広まらない」と、使命感に燃えて、ドイツワイン専門の輸入会社を設立する。

 これが、現在の「銀座ワイナックス」の始まりである。

夫婦二人三脚で苦境を乗り越え

  • 綾瀬で開いた3坪の第1号店、販売スタッフは育子さんだけだった

 江戸西音(えど・さいおん=エドワード・ウェストーン)のペンネームを持ち、ドイツで写真集を出版するなど、芸術家肌の和夫さんを、営業面から支え、二人三脚でドイツワインの普及に努めてきたのが、専務取締役で妻の育子さんだ。

 育子さんは、10歳の誕生日に姉からプレゼントされたジュリアス・ベーカーのコンサートでフルートの音色に魅せられ、フェリス女学院でフルートを専攻。仲良しの幼なじみの兄だった和夫さんとは、音楽好きという共通項で結ばれた。

 「最初は、東京・綾瀬の自宅近くに、3坪程度の小さな店を開いたんです。ところが、開店してまもなく、オーストリアワインに有害なジエチレングリコールが混入されたというワイン・スキャンダルが起こり、また、チェルノブイリの大惨事が続きました。ドイツワインの販売の環境は最悪で、苦労しました」と、育子さん。

  • いつも笑顔の星野育子専務。「ワインはもちろん、毎日飲みます」

 あるデパートでは、一週間毎日、自らテイスティングしているところを見せて、安全で安心なワインであることを訴えたという。

 「世界の人が集う銀座に店を」と打って出たのは、それからほどなくのことである。

生産者を訪問して選定

 「ワインはすべて、夫と私で生産者を訪問し、保存料のソルビン酸を使っていない優良なものを厳選しています。低温コンテナの船底を指定して運び、自社の低温倉庫で貯蔵・熟成させて、常に飲み頃を提供できるようにしているんですよ。倉庫には10万本近くあるかしらねえ。だから、ほんと、おいしいでしょう」

 育子さんは、愛嬌のある丸い目でこちらをじっと見つめながら、情熱的に語り続けた。

 とはいえ、フランスやイタリアのワインと比べると、日本では、ドイツワインの人気はいまひとつ。「大量に生産される甘口の安ワインのイメージが強いんですね。残念なことです」

「すしとワインの新しいカタチ」

  • ヒラメの握りとバーデン産のヴァイスブルグンダー
  • ウニの軍艦巻きとバーデン産のゲヴェルツトラミネール
  • 脂ののった大トロとアール産のシュペートブルグンダー(ピノノワール)

 力を入れているのが、「楽飲会」と称するワイン会。特に、「すしにはワインの中でもドイツワインが一番合う」という和夫さんの持論のもとに10年間続いている、「すしとワインの新しいカタチ」という催しは、毎回盛況だ。

 ちょっとのぞかせていただいた。

 子持ち昆布にはすっきり辛口のゼクト(スパークリング)、ヒラメにはバーデン産のヴァイスブルグンダー(ピノ・ブラン)、ウニにはよく熟したやはりバーデン産の香り高いゲヴェルツトラミネール、脂ののった大トロには樽香が強くない赤を、といった具合である。特に、ウニとゲヴェルツは、「なるほどねえ」と感心させられた。

 「ヒラメと組み合わせるワインは、ヘンズブレヒ伯爵家のミヒェルフェルダー・ヒンメルベルクがこのところの定番。これ、メルケル首相も愛飲しているものです。甘過ぎず辛過ぎず、実にエレガントで、いいねえ」と、和夫さんは目を細めた。

 この試みは、ドイツでも、「すしセレモニー」として好評だったそうだ。

 「自分の存在を主張しすぎず、ハーモニーを保って、いつでも素晴らしいパートナーになれる。それが、ドイツワインです」。音楽を愛するドイツワインの伝道師、星野夫妻はそう口をそろえた。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

 ◆銀座ワイナックス

 http://www.winax.co.jp/

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)