東洋古美術の店「桃青」
前回の小欄では、西洋のアンティークの話題をつづったが、今回は古い茶道具や仏教美術を中心とする東洋古美術を扱う店のことをご紹介したい。
銀座7丁目にある「古美術 桃青」である。
店主、冨永民雄さんは、最近「恋する骨董」(日本経済新聞出版社)という著作で、自らの古美術遍歴や、恋してやまない骨董との不思議なめぐり合いについて、たくさんの楽しいエピソードを披露している。
入門者として覚えておきたいツボはもちろん、おじいちゃんが遺したコレクションを巡って展開する様々な事件を題材にしたミニ小説などもあって、実に面白い。
ぜひ一度お目にかかりたいなと思っていたところ、銀座歩きの達人で、「おさんぽマイスター」を名乗る岩田理栄子さんの案内で、冨永さんの話を聞く機会があった。
夢かなえ、編集者から古美術商へ
大学卒業後、大手出版社の編集者として活躍していた冨永さんは、学生時代からこつこつと収集した古美術で店を開くのが夢だった。
深夜に及ぶハードな編集者生活にそろそろ区切りをつけなければと迷っていた時、「さっさと辞めなさい。私が手伝うから!」という妻のひと言が背中を押した。17年ほど前、まもなく50歳のときだった。
かつて暮らしたことのある鎌倉で開店。屋号の「桃青」は、松尾芭蕉の雅号に由来する。下級武士の立場を捨てて
そして、古美術商の憧れの地、銀座に移ったのは2003年。
「商売歴は短くても、プロの先輩たちに負けない仕事をしようと思いました。いくら口がうまくても、結局は品物次第。売った後は知らぬ振りではなく、最後まで責任をもつのが私の信条です」
歯切れのよい語り口。店内のお宝一つひとつを手にとって、子煩悩の親が我が子を自慢するかのように目を細めながら説明する姿を拝見していると、本当にこの人は骨董にほれ込んでいるのだなあと、こちらも温かい気持ちになってきた。
男女の神像を縁結び
たくさんのお宝の中で、私は1対の男女の神像に目が留まった。全体的に彩色が残っていて麗しい。気品に満ちて、それでいて気取りすぎていない柔らかな表情に癒される。鎌倉時代の作だそうだ。
この神像には素敵なストーリーがあった。
「ある人から女神像を購入したら、すぐに同業者から引き合いがありました。でも、なんだか売る気になれなかった。すると、1か月後、まったく別のルートから男神像の情報が……。もちろん、即購入です。裏側の釘の残骸からもこの2つが対を成す神像であることは明らかでした」
冨永さんは、長い間離れ離れだった男女を再会させた“縁結びの神様”になった、というわけだ。再会の記念にと、手作りの台座をプレゼントし、「もうばらばらには売らないぞ」と、心に誓った。
茶道具は茶室の中で見てもらおうと、店内には「二畳中板」の茶室も造った。縁のない琉球畳に、シンプルな土壁。床の間には、蔵元から出てきたばかりというたいそうな花入れが飾ってあったが、その価値をうんぬんすることなど、私にはもちろんできない。とはいえ、通りの喧騒をしばし忘れさせてくれるような静寂な空間は、非常に心地よかった。
骨董の縁は恋に似て……
冨永さんから教わったことの一つに、「昔は見向きもなされなかったものが、数百年後に極めて高額で売買されるケースは少なくない」というのがある。
江戸時代の「嵯峨
わからないものである。時代を経ると、「あばたもえくぼ」ということか。いや、過去のロマンに思いを馳せ、未来のロマンにまた夢を託す――骨董の世界には、そんな楽しみ方もあるということだろう。
店の一角に、美しい古代
冨永さんは、著書の中でこうも語っている。
「古美術・骨董品は恋人によく似ているのです。出会い、心奪われ、ときめいて、告白して交際、愛を遂げるか『思い違い』に気が付くか……(中略)それ故に、運命の出会いっていうこともあるのです」
「運命の出会い」、か。「値段はお尋ねください」という表示にしり込みしていた私だが、そうした目で骨董品を見つめ直すと、なんだかわくわく感が高まってきた。
(プランタン銀座取締役・永峰好美)