2010年6月アーカイブ

2010.06.18

骨董に恋した“数寄者”に、その心得を聞く

東洋古美術の店「桃青」

 前回の小欄では、西洋のアンティークの話題をつづったが、今回は古い茶道具や仏教美術を中心とする東洋古美術を扱う店のことをご紹介したい。

 銀座7丁目にある「古美術 桃青」である。

 店主、冨永民雄さんは、最近「恋する骨董」(日本経済新聞出版社)という著作で、自らの古美術遍歴や、恋してやまない骨董との不思議なめぐり合いについて、たくさんの楽しいエピソードを披露している。

 入門者として覚えておきたいツボはもちろん、おじいちゃんが遺したコレクションを巡って展開する様々な事件を題材にしたミニ小説などもあって、実に面白い。

 ぜひ一度お目にかかりたいなと思っていたところ、銀座歩きの達人で、「おさんぽマイスター」を名乗る岩田理栄子さんの案内で、冨永さんの話を聞く機会があった。

夢かなえ、編集者から古美術商へ

  • 骨董をめぐるミニ小説もなかなか面白い

 大学卒業後、大手出版社の編集者として活躍していた冨永さんは、学生時代からこつこつと収集した古美術で店を開くのが夢だった。

 深夜に及ぶハードな編集者生活にそろそろ区切りをつけなければと迷っていた時、「さっさと辞めなさい。私が手伝うから!」という妻のひと言が背中を押した。17年ほど前、まもなく50歳のときだった。

 かつて暮らしたことのある鎌倉で開店。屋号の「桃青」は、松尾芭蕉の雅号に由来する。下級武士の立場を捨てて数寄(すき)の道に突き進んだ芭蕉に、サラリーマンから旅立つ己の姿を重ね合わせたのだという。

 そして、古美術商の憧れの地、銀座に移ったのは2003年。

 「商売歴は短くても、プロの先輩たちに負けない仕事をしようと思いました。いくら口がうまくても、結局は品物次第。売った後は知らぬ振りではなく、最後まで責任をもつのが私の信条です」

 歯切れのよい語り口。店内のお宝一つひとつを手にとって、子煩悩の親が我が子を自慢するかのように目を細めながら説明する姿を拝見していると、本当にこの人は骨董にほれ込んでいるのだなあと、こちらも温かい気持ちになってきた。

男女の神像を縁結び

 たくさんのお宝の中で、私は1対の男女の神像に目が留まった。全体的に彩色が残っていて麗しい。気品に満ちて、それでいて気取りすぎていない柔らかな表情に癒される。鎌倉時代の作だそうだ。

 この神像には素敵なストーリーがあった。

 「ある人から女神像を購入したら、すぐに同業者から引き合いがありました。でも、なんだか売る気になれなかった。すると、1か月後、まったく別のルートから男神像の情報が……。もちろん、即購入です。裏側の釘の残骸からもこの2つが対を成す神像であることは明らかでした」

 冨永さんは、長い間離れ離れだった男女を再会させた“縁結びの神様”になった、というわけだ。再会の記念にと、手作りの台座をプレゼントし、「もうばらばらには売らないぞ」と、心に誓った。

 茶道具は茶室の中で見てもらおうと、店内には「二畳中板」の茶室も造った。縁のない琉球畳に、シンプルな土壁。床の間には、蔵元から出てきたばかりというたいそうな花入れが飾ってあったが、その価値をうんぬんすることなど、私にはもちろんできない。とはいえ、通りの喧騒をしばし忘れさせてくれるような静寂な空間は、非常に心地よかった。

骨董の縁は恋に似て……

 冨永さんから教わったことの一つに、「昔は見向きもなされなかったものが、数百年後に極めて高額で売買されるケースは少なくない」というのがある。

 江戸時代の「嵯峨(なつめ)」が典型例という。これは、庶民用で品質が高くなく、金粉がはげたり、その下の赤絵が出てきたりして、粗雑なものと片付けられていたのだが、あるとき、その欠点がかえって「雑味がある」と評価され、今では数百万円の値がつくものもあるらしい。

 わからないものである。時代を経ると、「あばたもえくぼ」ということか。いや、過去のロマンに思いを馳せ、未来のロマンにまた夢を託す――骨董の世界には、そんな楽しみ方もあるということだろう。

 店の一角に、美しい古代(きれ)のコレクションがあった。これは、妻の眞喜江さんがお茶入れの仕覆(しふく)づくり教室を開いていて、その材料として使っている。とても気に入った柄があったのだが、裂だけ買うことができないと聞いて、ちょっと残念。とっても不器用な私だけど、仕覆づくりに挑戦してみようかなあ。

 冨永さんは、著書の中でこうも語っている。

 「古美術・骨董品は恋人によく似ているのです。出会い、心奪われ、ときめいて、告白して交際、愛を遂げるか『思い違い』に気が付くか……(中略)それ故に、運命の出会いっていうこともあるのです」

 「運命の出会い」、か。「値段はお尋ねください」という表示にしり込みしていた私だが、そうした目で骨董品を見つめ直すと、なんだかわくわく感が高まってきた。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

 ◆古美術桃青

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2010.06.15

「魚のほね」とスパークリングワイン

こんにちは。


しばらく更新が滞っていましたが、ねたはいっぱいあるので、これから気合を入れ直して、少しずつご紹介していくことにします。ワールドカップで、日本も白星スタートしたことですし・・・(あっ、全然関係ありませんでしたね)。

 

 

まずは、最近感動したお店から。

東京・恵比寿にある「魚のほね」です。
入口がほんとにわかりづらいのですが、急な階段を上ると、驚くほど静寂な空間が広がっています。


 

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金髪店主の櫻庭基成さんが1人で料理作りからサービスまでこなしていました。だから、1日客は3組まで、とか。


ナプキン代わりにオリジナルの手ぬぐいがテーブルにありました(これ、持ち帰れました)。


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活きのいい魚料理が中心ですから、この日は泡で通すことにしました。

そう、蒸し暑くなってきましたから、すっきりスパークリングワインがますます美味しい季節!

 

 


10060703.jpg南オーストラリアのアデレーイド・ヒルズにある「Bird in hand」というワイナリーのピノノワールで造ったスパークリングワイン「ジョイ」です。

 

造り方はシャンパーニュと同じ方式。泡はきめ細かく、エレガントなスタイル。


 

店主は、このスパークリングにほれ込んで、結構な量を「買い占めた!」と聞きました。

 


 

10060704.jpg良質なブドウが収穫できた年だけ造るので、数量は限定。シリアルナンバー(赤字の部分。2桁のようだけど、よく読めない)付き。

 

「ジョイ」というのは、同ワイナリーのオーナー兼醸造家のアンドリュー・ナジェさんのお母様の名前。高齢者や身障者のケアに尽くすNPO活動に熱心なジョイさんは、アンドリューさんにとって「人生の師」でもあったようで、「ワイナリーの成功はコミュニティの成功」というのが彼の哲学です。


2007年は、熟した赤い果実の心地よい香りが十分ありながら、バターを塗ったブリオッシュのようなクリーミーなニュアンスも。脂ののった魚と相性ばっちりです。

 

 

 

まずは、沖縄の太もずく。北海道のミズダコとともに。歯ごたえがしっかりありました。

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淡路島のハモ。のり酢でいただきます。

 

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アユの季節ですね。島根県産です。お腹が上側になってサービスされました。

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北海道産イワシクジラの握り。トロよりも美味しいかも。

 

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このあと、絶品のシジミのお吸い物がありました。

2キロのシジミから1リットルのスープをとるそうです。

 

 

本日のメインは、お刺身盛り合わせ。アオリイカやカツオ、スズキ、アオダイなど。

白身は唐辛子酢でいただくと、ぴりりと引き締まった味わいに。

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千葉・銚子からはノドグロ。新鮮なので、骨離れが素晴らしい!

 

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追加で、石川県白山の純米生酒(車多酒造)をいただきました。


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最後は、漬け丼。もちろん、お茶をかけて〆に。


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デザートには、佐藤錦のサクランボ。

 

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肉食派の私は、どちらかといえば魚専門店に行かないのですが、

そんな私でも、大満足!でした。

 

                       

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2010.06.11

気軽に楽しむアンティークのススメ

可憐で美しい色のグラスに一目ぼれ

  • 私が購入したバカラのアンティークグラス
  • 「アンティークTEI」の明るい店内

 あまり高価なものは買えないが、アンティークを見るのが好きだ。

 最近手に入れたのが、このバカラのアンティークグラス。カットが美しく、重厚さのある現代のバカラのグラスもいいけれど、アンティークの繊細で可憐な造り、それに美しい赤と緑の色調に一目ぼれしてしまった。きめ細かな泡立ちのシャンパーニュを注いで、休日の昼下がりを楽しんでいる。

 銀座には骨董や、西洋のアンティークジュエリーなどを手がける店が数多い。間口が狭くて中の様子がわかりづらいため、入るのを躊躇してしまう店も少なくないが、銀座6丁目、泰明小学校のすぐ近くにある「アンティークTEI(鼎)」は、明るくて開放的な雰囲気が心地よい。

 バカラのグラスを買ったのは、この店がプランタン銀座で年数回開かれる「アンティークバザール」に出店していた時だった。

 改めて店に伺うと、社長の中山弘子さんと、息子で副社長の中山弘一さんが、にこやかに迎えてくれた。

 店内には、日本のものと西洋のものが半々ぐらい。「息子が本格的に買い付けに加わるようになってから、洋ものが増えていますかね」と、弘子社長は話す。

本物を見て目を肥やそう

  • 1700年代のインド製ダイヤモンドのブローチ(上)、シャープなイメージのアールデコ時代のブローチ(左下)、アメジストのカメオは珍しい
  • 副社長の中山弘一さん。窓ガラスの向こうに泰明小学校の緑が広がる

 私にもわかりやすいアンティークジュエリーなどを、いくつか見せてもらった。

 1700年代後半に造られたというダイヤモンドのブローチはインドから。1700年代といえば、ムガール王朝。インドが経済的にも文化的にも繁栄した時代である。どんな王侯貴族がこのブローチを身に付けていたのだろうか。

 18金の縁飾りに大粒パールが散りばめられたカメオのブローチは、シックな紫色のアメジスト製。1860~1880年代のフランスのもの。直線的でシャープなイメージのダイヤモンドのブローチは、アールデコ時代のフランス製。黄みがかった色合いがなんともエレガントだ。

 ドームとガレのアンティーク・ランプは、この光の下で、グラスを傾けながら音楽を聴いたら、さぞ優雅な気分になるだろうと空想をかきたててくれる。

 値札をみると、数百万円。私が購入したバカラのグラスよりもゼロの数が2つほど多い。

 「なかなか庶民には手が届きませんねえ」とため息をついていると、弘子社長は、こう言った。

 「本物を見ていないと、目が肥えませんよ。本物を知れば、(のみ)の市に行っても価値あるものは3メートル先で光ります。買わなくても、まずは本物を手に取ることから始めてください」

留学先のアメリカで骨董の道に目覚めた2代目

  • 日本にもファンが多いドーム(左)とガレのランプ

 2代目社長の弘子さんは、興味深いエピソードの持ち主だ。

 戦後、実家は東京・目黒で骨董の店を開いていた。高校時代は、掛け軸を巻いて小遣い稼ぎ。骨董の作法は自然に身につけていたが、家業を継ぐ気はなかった。

 学生時代、交換留学生として米西海岸のサクラメントに滞在。帰国前、憧れのニューヨークに立ち寄り、骨董店でほこりをかぶったままになっている刀の(つば)を3枚購入。それがなんと室町時代のもので、日本の市場に出したら購入価格の何十倍もの値がついた。

 先代である父親の信用を取り付け、父娘でニューヨーク通いを続け、(かぶと)(よろい)、屏風や箪笥などを次々に買い付けた。

 もちろん、順風満帆なことばかりではなかった。

 「かなりの儲けをなくしたこともありました。それで、ニューヨークに店を出す夢は破れ、こうして働き続けなくてはならなくなっちゃったのよ」と、冗談交じりに笑う。

歴史を知り、母の仕事に惹かれ

  • 69回目になるプランタン銀座の「アンティークバザール」

 目黒から銀座に店を移して、約8年。先代からの常連客に加え、「銀座に出掛けたついでにと寄ってくれる新しいお客様が増えて、幅広い層の方々に出会える。この仕事、とても楽しいんです」。

 柔らかな物腰でそう語るのは、副社長の弘一さん。音楽大学でフランス歌曲を学び、背景にある歴史を知るうちに、身近に接していた母の仕事に惹かれていったという。宝石鑑定の資格も取った。

 フランス語が堪能で、年4回、フランスの国営オークションをはじめとする海外買い付けに出掛ける。

 「アンティークをご縁に、お客様から、ミュージカルやオペラを披露する機会をいただくこともありまして……」

 一つひとつに物語のあるアンティーク。その物語が、人の輪も広げていくようだ。

 ちなみに、69回目を迎えるプランタン銀座の「アンティークバザール」は、6月21日まで、本館7階催事会場で。「アンティークTEI」も出店している。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)