由布岳山麓の清寧な宿
年に一度、大分県別府市の立命館アジア太平洋大学(APU)でメディアに関する講義を行っている。約6千人の学生の半数近くをアジア中心に80か国・地域からの留学生が占めており、国際色豊かで教える側としても楽しい。講座には企業から人材を積極的に招き、学生のキャリア形成支援に力を入れているという。
そして私にとってはもう一つ……。週末の午後の授業なので、その日は温泉宿に泊まってゆっくり、というのも楽しみなのだ。
今回は別府からちょっと足を延ばして、由布院まで出掛けてみた。
由布院の旅館御三家といえば、玉の湯、亀の井別荘、そして山荘無量塔。
前回の小欄でご紹介した「ヒガシヤギンザ」の亭主、クリエイティブ・ディレクターの緒方慎一郎さんが、この山荘無量塔に最近増築された新館の離れ2棟をデザインしたと聞き、ぜひ内装を見たいと思った。
「無量塔」は「むらた」と読む。
感慨深いことを「感無量」というが、この「無量」は、仏教の経典の一つ、「無量寿経」に由来する。この世の中、私たちが想像できる範囲からは計り知れないくらいたくさんのご縁で結ばれ、素晴らしい感動をいただいているといった意味が込められているようだ。
おしゃれな雑貨屋や食事処が並ぶ由布院の中心街からは少々離れた由布岳の麓にあり、木立に囲まれた静寂な空間に心が清められる。本館の玄関の障子に書かれた墨文字が、幽玄の場所へと誘ってくれるのだ。
心憎い仕掛けが生む、癒やしとなごみ
客室はすべて離れ形式で、ほとんどが100平米以上ある。昭和初期の別府の古民家を始め、新潟や岐阜から移築された本館の客室は、落ち着いた木のぬくもり、さりげなく置かれたアンティーク家具の優しいレトロ感、純白のベッドカバーや天然毛の歯ブラシなどこだわりのアメニティーにも癒される。雪見障子もあって、そこから広がる白銀の風景はロマンティックな気分を盛り上げてくれる。
さて、緒方さんがデザインした新館の部屋はというと、高い天井に、モダンな北欧家具と和のテイストとが何ともうまく融合したなごみの空間だった。
居間の琉球畳の一部がせり上がってきて、掘りごたつになるといった心憎い仕掛けに、緒方さんが「ヒガシヤギンザ」で展開している食のサプライズな演出が重なった。
実は、この山荘無量塔がプロデュースするレストランが銀座2丁目の銀座ベルビア館にあることを知った。
「呑惣和洋 方寸MURATA」という。インテリアには、無量塔と同じく古民家の古材が生かされ、懐かしくも温かい雰囲気が漂う。BGMも凝っていて、その昔豊後の人々が聴いたであろう楽曲を選んでいる。
ランチでは、大分名物の鶏天丼やゴマだれうどん、人気の豊後牛ハンバーグなどがあるが、私は、この時期おすすめの、山かけご飯をいただいた。
「山うなぎ」ともいわれるげんこつのようなヤマノイモは、北秋田の特産だそうだ。長イモよりも粘りが強いのが特徴で、うなぎにたとえられるほど栄養価が高く、滋養強壮に優れているという。大分にかかわらず、日本各地から季節に応じて素材を厳選しているらしい。
由布院のぬくもりに思いをはせながら、しばし銀座でのランチタイムを楽しんだ。
(プランタン銀座取締役・永峰好美)