玉露一滴の悦楽
大のコーヒー党の私だが、「しずく茶」を味わえると聞いて、銀座1丁目のビルの2階にオープンした「ヒガシヤギンザ」に出掛けた。
「しずく茶」は、玉露を1煎目から4煎目まで、味わいの変化を楽しむ作法である。何となく堅苦しいイメージがあったが、この店では、モダンな椅子席で、若いイケメン店員さんが専用の道具を使ってきびきびと入れてくれるので、すっかりリラックスして臨めた。
まず、1煎目。湯の温度は体温程度だろうか。2分ほど醸したのち、ふたをしたまま左手で茶碗を持ち、ふたを少しずらして右手の指で軽く押さえながら水滴のしずくをいただく。一滴一滴に旨みが凝縮した高級な出汁といった感じだ。
2煎目では、お茶の苦味がほどよく感じられ、3煎目になると、香りが華やかに開き、4煎目は、湯の温度も上がるので、煎茶のような渋みが広がる。
そして、4煎目を飲み干した後の茶葉もしっかりいただいた。歯ごたえもあって、なかなか美味である。
「ポン酢を少々かければ、立派なお酒のつまみにもなりますよ」と教えてくれたのは、同店の亭主、クリエイティブ・ディレクターの緒方慎一郎さんだった。
商業施設のデザインに携わった後、海外などでの経験も踏まえ、「日本人として、日本文化をいまの時代に沿ったカタチで創造しよう」と、10年ほど前、「シンプリシティ」という会社を設立した。日本文化の中でも、生活に密着している食の分野に注目、東京・中目黒で和食レストランを開業した。また、6年ほど前から「モノとしての食の提案」として和菓子に取り組み始めた。
現在、西麻布に和菓子のギフトショップ、青山にまんじゅう屋を展開している。今回、世界にも発信できる場所として銀座に茶房を構えることを決めたという。
五感で表現する和の心
「しずく茶」体験も素晴らしかったが、さらなるサプライズは、その後に供されたハーブブレンドのほうじ茶と一緒にいただいた甘味である。
京都のそば粉を使ったガレットに、あんこ、わさび醤油、レーズンバター、甘味噌を好みで包んで食べる。
甘さ控えめで淡い藤色の美しいあんこも、レーズンがたっぷり入った芳醇なバターも、それ自体が主役になれる美味しさなのに、同時に、日本茶を引き立てる脇役としても抜群の存在感を示しているのだ。
一見とがったメニューだが、その素材と職人を日本全国から探し出す嗅覚とエネルギーには、ミシュランガイド日本版の取りまとめ役も務めた藤原浩さんも一目置いている。同店名物の葛きりにも、そのこだわりが凝縮されていた。
「世界を、グローバルな感覚を意識すればするほど、足元の日本文化に立ち戻る。日本の伝統文化を受け継ぎ、守ることは、常にその時代に合わせた革新を試みることでもあると考えます。ただし、無手勝流ではだめで、押さえなければならない基本ははずしてはならないんです」と、緒方さんはいう。
茶房の一角に、外国人客にも楽しんでもらえるようにと椅子式の茶室が用意されていたが、基本的な伝統の茶事のしつらえはまったく崩されていない。「和の感性とは、そこに存在する空気感や奥ゆかしさ、そのものが秘めている五感の表現そのもの」と語る緒方さんの世界観がよく表されている。
改めて、和菓子の販売コーナーで目を留めてみると、一つ一つの小さな菓子がそれぞれの物語を語りかけてくるようで楽しい。生い立ち、名前の由来、造り手(職人)の思い……。
海外の友人が訪ねてきた時には、ぜひ茶室に案内することにしよう。
(プランタン銀座取締役・永峰好美)