2009.12.18

一杯の酒から生まれる『酒縁』の力

関西発、酒の雑誌30周年

  • 酒が創り出す創造のエネルギーについて熱く語る、「月刊TARU」の高山恵太郎編集長

 正月用の日本酒の出荷に向けて、木樽づくりに大忙しの現場が、先日、テレビのニュースでクローズアップされていた。

 そういえば、関西発の酒の総合誌「ほろよい手帖 月刊TARU(たる)」が創刊30周年を迎えたと聞いた。

 出版文化が育ちにくいといわれた大阪で、日本酒からワインまで酒のあらゆるジャンルを網羅して、また、単なるグルメ情報にとどまらず、世界中の酒にまつわる文化やライフスタイル、人間模様をつづった多彩な記事を発信し続けている。B5版100ページほど。約8万人の読者は全国に広がっている。

  • 創刊30周年を記念して、30年前の世相を特集

 「TARU」の東京支社は、やはりというか、酒文化を語るには欠かせない場所、銀座にある。週に1度は上京するという高山恵太郎編集長(66)に話を伺うことにした。

 湘南育ちの高山さんが、人情味あふれる食い道楽の街大阪に魅せられたのは、広告代理店の営業マンとして1970年の大阪万博を担当したのがきっかけだった。

 もともと出版の仕事に携わりたいと思っていたが、「食文化も酒文化も西高東低。それにこだわった雑誌なら大阪で勝負できる」と考えた。そして、「おもろいな。やりなはれ」というサントリーの佐治敬三社長(当時)の励ましの言葉に背中を押された。万博から約10年が過ぎた、35歳の時だった。

 雑誌タイトルの「TARU」は、多くの酒醸造に用いられる「樽」に由来する。創刊当初は漢字一文字の「樽」だったが、皆に親しまれるようにと「たる」に変わり、3年前、アルファベットを使った今のスタイルになって、よりインターナショナルな雰囲気に落ち着いた。

酒にまつわる80年代の世相

 「昔から王様は樽を好み、王子が生まれると特別に樽を造らせるように命じたといいます。そう、樽は高貴なものなんです。重いのに一人でも転がすことができるし、形もどこかユーモラスで、親しみやすい」と、高山さんはいう。

  • 王貞治現役引退。花束を手に涙をこらえながらファンにあいさつ

 自身、酒を追って40か国以上を訪ね歩いた。藤本義一さん、開高健さん、森繁久弥さんら、豪華な顔ぶれの寄稿に恵まれた。表紙にもこだわり、並河萬里さんや池田満寿夫さん、片岡鶴太郎さんらが作品を提供した。

 現在も、高信太郎さんが書く「酒が綴る亡き落語家の半生史」や石原良純さんの「酒の家系図 石原家の酒 僕の酒」など、人気連載が組まれている。

 同誌11月号では、創刊30周年の特別企画「30年前のお酒 そして社会」と題し、1980年の世相を特集した。

 ジョン・レノンの射殺事件、モスクワ五輪のボイコット、王貞治が引退し、山口百恵がステージから姿を消した年。

 今年8月に訃報が伝えられた大原麗子さんが好演したサントリーウイスキーの名作CM「少し愛して、なが~く愛して」が流行したのもこの年だった。地酒ブームに吟醸酒ブーム、ディスコで流行ったトロピカルカクテルブームなど、酒の世界でも、懐かしいキーワードが並ぶ。いま全盛の発泡酒はまだ登場していない。

飲んで生まれる創造のエネルギー

  • 太宰治ら文豪に愛された老舗バー「ルパン」は銀座に健在

 編集後記で高山さんは、30年の思いを歌に託している。「よにといし おさけのよさを つづりきて ひとりしずかに みととせおもう」

 「順風満帆な30年だったのですか?」と尋ねると、「とんでもない」と、すぐさま答えが返ってきた。

 「酒の雑誌だから3合(号)でつぶれる』と言われ、借金が1億円近くまで膨らんだことも。ようやく読者がつき、レギュラースポンサーが現れるようになったのは創刊4年目から。街の酒屋やバーを回って1冊ずつ売りましたよ。今も決して楽じゃないですけどね」

 「酒を飲むと頭が柔軟になり、発想も豊かになる。酒が造り出す創造のエネルギーこそが文化を生み出す」が持論だ。

  • 銀座5丁目、三笠会館の「BAR5517」でシェーカーを振る名物バーマンの稲田春夫さん

 その例として、こんな話を教えてくれた。

 骨董品が好きだった父親の影響を受けてか、高山さんは陶器に目がない。友人にも陶工が何人かいる。その中の一人が創る酒器は、色も形もなかなかよくできているのに、それで飲むとどうもしっくりいかなかった。ところが、最近久しぶりに庵に立ち寄り、彼のぐい呑みで酒を交わすと、酒飲みにとって何ともいえない素晴らしい感触が味わえたというのだ。

 「彼は若いころ、酒をたしなむ方ではなかったけれど、ここ数年で酒の達人になっていた。『酒を知る』ことで、作品に大きな変化があったのです」

 白く長いあごひげをたくわえた独特の風貌は、どこか哲学者然としているが、高山さんの語り口はどこまでも柔らかく、「酒も人間も好きで仕方がない」という熱い思いが伝わってくる。

 「酒は魂に潤いをあたえ

 悲しみをしずめ

 優しい感情さえも呼び起こす」

 そううたったのは、古代ギリシアの哲学者、ソクラテスでしたっけ。

 「酒は8000年の時が過ぎてもなお、廃れていない。一杯の酒から初めてその人の本音が透けて見えたりもする。最近の若者はあまり酒を飲まなくなったようだが、酒宴ならぬ『酒縁』は大切だよねえ」

 正統派のバーが残る銀座は、バーマンのレベルも高いという。「バーマンは人生相談の達人。欧米では、『人間悩んだら神父に聞け。それでも解決できなかったらバーマンに聞け』といわれるのだから」とも。

 1年間に新たに交換する名刺は3000枚。まだまだ酒縁は広がっている。うれしくて飲み、また悲しくて飲んで生まれる出会いに、高山さんの足は今日も酒席に向かう。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)