ナヴァロで味わうパワフルなピノ
有楽町の映画館で、カリフォルニアのワインカントリーが舞台の「サイドウェイズ」が公開されたので観なおすことにした。映画も2度目になると、主人公たちが語る台詞の細部が気になるものだ。
劇中、ワインをめぐってのこんなやりとりが頭に残った。
「どうして、カベルネが好きなの?」
「カベルネはね、どんな土地でもカベルネの味を保っている。カベルネ自身の味を主張しているの」
「ワインはカベルネが好きだけれど、私自身はテロワール(土壌)に影響されやすいピノノワールだったのかもしれない・・・」
カベルネ(ソーヴィニヨン)も、ピノノワールも、赤ワイン用ブドウの品種だ。一般的に、果皮の薄いピノノワールは、栽培面でも醸造面でも気難しく、複雑で緻密、細心の注意を払う必要があるといわれ、それに比べてカベルネは適応性が高く、耐久性にも優れている。
温暖な気候のカリフォルニアでは、深い紫色でタンニン分に富むカベルネが最もポピュラーなのだが、最近はより複雑な味わいのピノの人気も上がっている。
ワインカントリーの最北端に位置するメンドシーノ郡は、冷涼な気候を好むピノの産地として知られる。
ナヴァロ川に沿って広がるアンダーソン・ヴァレーのブドウ畑は、太平洋から運ばれる涼風と霧によって、ピノの栽培に最適な条件が生み出されているのだ。
1970年代に、ベネット夫妻によって創設された「ナヴァロ・ヴィンヤード」は、アンダーソン・ヴァレーのパイオニア的存在。「ワイナリー・オブ・ジ・イヤー」を獲得し、国際的な評価も上がっているが、消費者への直接販売にこだわり、少量生産を貫いている。
カジュアルな雰囲気のテイスティングルームで、2006年産のピノを味わった。ルビー色の若々しい色調、果実味豊かで、スパイスやハーブの香りも。厚みを感じさせるとてもパワフルな印象だった。
街のシンボル木造のウォータータワー
ワイナリーを後に、ハイウェイ128号を北上、レッドウッドの林の中をくぐり抜けて、メンドシーノの街に出た。
海岸に突き出た岬にあるこの街は、人口1000人余り。1850年代、東海岸のニューイングランド地方からの移民によって建設された歴史がある。
20世紀初めまでは、豊富なレッドウッドの原生林を切り出して、サンフランシスコなどの都市部へ出荷する材木の積み出し港として栄えたが、林業の衰退とともに街は活気を失っていく。だが、急速な近代化の波に乗り遅れたお陰か、建設当初のヴィクトリア調の家並みが保存され、時間が止まったかのような古き良き時代の空気に浸れる。
その典型的な建物が、街の中心部にある宿泊施設「マッカラム・ハウス・イン」。1882年、街を建設したウィリアム・ケリー氏が娘の結婚祝いに作ったのが始まり。2階のテラスからは太平洋が見渡せ、木の温もりがやさしいアンティーク家具や石造りの暖炉などに囲まれていると、ゆったりとした時の流れにしばし身を任せたくなる。
地元原産のレッドウッドで作られたウォータータワー(給水塔)はこの町のシンボルともいえる。今でも街の人々は、地下水を汲み上げ、タワーに貯めて使っているという。そのせいか、水がとても美味しい。
アーティストコロニーで“東洋”と出会う
周辺を歩いてみると、昔ながらの外観を残したギャラリーやアートセンターが点在している。いつの間にか、ユニークな動植物のオブジェが置かれた庭に迷い込んだ。アーティストが暮らすコロニーだった。80年代後半から増えているという。
日本的な風景をポップな色彩で描いていたり、墨絵や浮世絵などに影響された作風であったり、小さな街での「東洋との出会い」を探すのは楽しい。アートが縁で、長野県美麻村と姉妹都市関係を結び、日本との交流も盛んなようだ。
もう一つ、街で目についたのが、バックパッカーやヒッピーファッションに身を包んだ人たち。聞けば、70年代には、ウッドストックの影響を受けた野外ライブが盛んに行われていたという。ピースマークを掲げた占いショップやエコロジーを意識したリサイクルショップ、農薬などを使わないオーガニック食品を扱う店など、ヒッピー的なライフスタイルを支える場所が少なくない。
ニューマイヤー夫妻が経営する「メンドシーノ・マーケット」もその一つ。たとえば、ポテトチップスに使う油はオリーブ油のみ、地元産ワインも有機栽培の畑育ち、肉も魚も野菜も、生産者の顔がわかる安全にこだわったものしか並べない。「自然や芸術を愛するヒッピー的生き方は人々を健康にする」が夫妻の持論である。
おとな世代よ、時にヒッピー的なスタイルをまねて、自然と静かに向き合ってみるのも悪くないのではないか。
「ワインにも人生にも、正解はないよ。それぞれの選択に、それぞれの味わいがある」――。「サイドウェイズ」の台詞が、頭の中でこだました。
(プランタン銀座取締役・永峰好美)
◆マッカラム・ハウス・イン(英語)