ワイナリー500軒が点在する「ワイン街道」
青く澄んだ空と降り注ぐ陽光、収穫が終わってあたり一面オレンジ色に輝くブドウ畑の葉を爽やかな風が吹き抜ける――。そんな北カリフォルニアの秋の気配が、プランタン銀座のワイン売場には漂っている。
20日まで開催中の「カリフォルニアワインフェア」では、前回の小欄でご紹介した、映画「サイドウェイズ」に登場するワインをずらりと集積している。フロッグス・リープ、ベリンジャー、ニュートン、ダリオッシュ、ロバート・モンダヴィ……。
1か月ほど前、私は米カリフォルニアにいた。「サイドウェイズ」の舞台になった北カリフォルニア・ワインカントリーを駆け足で訪ねる旅である。
旅のスタートは、サンフランシスコに向かうデルタ航空の機内から始まった。スパークリングワインはカリフォルニア、2種類の赤はカリフォルニアとフランス・ローヌ、白も2種類でアルゼンチンとフランス・ブルゴーニュ、デザートワインはポルトガルとオーストラリアと、種類が豊富だ。
機内のワインを統括するアンドレア・ロビンソンさんは、ソムリエ教育の国際機関が認定する、世界で15人しかいない女性マスター・ソムリエの1人。季節に合わせて変化する料理に合わせて、約900種類ものワインから選び出すという。そういえば、彼女が2002年から編集している「すべての人のためのワイン購入ガイド」には、コストパフォーマンスのいいワインを探している時に随分と助けられたものである。
サンフランシスコから約100キロ北に位置するのが、カリフォルニア・ワインカントリーの玄関口、ナパの街。ナパ・ヴァレーを南北に貫くハイウェイ29とそれに並行して走るシルヴァラード・トレイルは、別名「ワイン街道」とも呼ばれている。ワインカントリーにはざっと500軒近くのワイナリーがあるが、その多くが谷間を走る2本の道路沿いに点在している。
空港でレンタカーを借りて、自由に動き回るというのが米国流のワイナリーツアーだ。といっても、1日に3、4軒は回ってワインの試飲をするのだから、私はもっぱら酒を飲まない友人にハンドルを握ってもらった。
目指すワインは“黒いドレスのオードリー・ヘップバーン”
ナパとソノマに分岐するあたり、なだらかな丘陵にブドウ畑が広がる一帯がカーネロス地区。主にシャルドネとスパークリングワインの産地として知られる。
フランス・シャンパーニュ地方の名門、テタンジェ社が1987年に設立した「ドメーヌ・カーネロス」の醸造責任者は、アイリーン・クレインさん。女性である。
先に挙げたアンドレアさんのように、米国のソムリエの世界では女性の進出が著しいが、醸造責任者となるとまだ少数派のようだ。
アラ還(アラウンド還暦)世代のアイリーンさんは、栄養学の修士号を取って東海岸で教壇に立っていた。「戦争中、ノルマンディー作戦でオマハビーチに上陸した父はフランスでワインの味を覚えて、帰国後は自宅にセラーを造りました。1950年代の米国ではまだ珍しいこと。ワインにはそれぞれ物語があると言って、歴史や風土の話で幼い私を楽しませてくれたんです」と振り返る。
ワインへの思いは募るばかりで、醸造学で有名なカリフォルニア大学デイヴィス校の門をたたくが、最初は「教養課程からやり直せ、卒業しても女性は樽を運べないから無理だろう、などと言われました」。
その後、手を差し伸べてくれる教授に出会い、数か月で学位を取得。フランスの「モエ・エ・シャンドン」がナパで展開するスパークリングワインの「ドメーヌ・シャンドン」で、ワイナリーを案内するツアーガイドやパン職人をしたり、ソノマでは、ワイナリーの建物の設計をしたり、ワインに関係のある仕事があれば「何でも挑戦した」という。まもなく40歳という時、その働きぶりを見ていたテタンジェ社の社長から、新しく立ち上げるワイナリーの醸造責任者を任せたいと言われたのだ。
「あなたの目指すワインのスタイルは?」と尋ねると、「黒のドレスを完璧に着こなしたオードリー・ヘップバーンのイメージ」との答えが返ってきた。控えめで、上品で、着飾っている雰囲気はないのに、人一倍注目される存在でありたい、という意味らしい。料理研究家のジュリア・チャイルドやアーティストのエラ・フィッツジェラルドなど、米国の偉大な女性たちに捧げるワインも考案し、ビジネス誌で「米国で影響力のある75人の女性」に選ばれた。
老舗ワイナリーを支える女性パワー
130年以上の歴史のあるナパの老舗ワイナリー、「ベリンジャー」の醸造責任者も女性だった。ローリー・フックさんは、アイリーンさんより10歳以上若い。
「母方の祖先をたどると、フランスで、革命以前にシャトー・オリヴィエというワイナリーを所有していたんです。化学実験や自然観察、それに歴史が好きな女の子でしたから、醸造学を目指すのは自然な選択でした」と語る。ローリーさんも、デイヴィス校の卒業生だ。
「小柄だからブドウの収穫は無理だろうと言われたこともありましたが、女性だからといって露骨に差別を受けたことはありませんね。前の世代の女性の先輩が頑張ってくれたからでしょう。理解ある上司にも恵まれ、ワイン造りのすべてにかかわらせてもらいました」
ブドウ畑のすぐ近くに住んでいるので、毎朝4時か5時には出掛ける。「朝霧が立ち込め、空が紫がかったブルーに輝き出すころ、畑を歩きながらあれこれ考えるのが至福の時です」とも。
米国では最近、醸造学を専攻する学生の半分が女性で、首席で卒業するのも女性が多いという。女性醸造家に特化した様々な競技会も開催されるようになった。また、あるアンケートで、ワインを購入する時「妻が決定権をもつ」と答えた家庭は6割を超えており、「ワインの世界での女性パワーは着実に強まっている」との分析もある。
さて、日本でも、女性のワイン醸造責任者が活躍する時代は近いだろうか。
(プランタン銀座取締役・永峰好美)