恋の招き猫コイコリン
リチャード・ギア主演の映画で再び注目されている「忠犬ハチ公」。東京・渋谷のシンボルが「ハチ」だとしたら、銀座には「コイコリン」なる猫の石像がある。
オスの「ごろべえ」とメスの「のんき」の2匹の猫。抽象彫刻で有名な流政之氏がノルウエー産の御影石から彫り出した。
1963年、銀座4丁目交差点角に円柱の三愛ドリームセンターが誕生して以来、建物の一角で銀座の街を静かに見守っている。
「銀座の恋の招き猫」ともいわれ、女性は館に向かって右にいる「ごろべえ」を、男性は左の「のんき」をなでると、ご利益があるらしい。
説明書きには、素敵な出会いを夢見る人は頭を、好きな人と結ばれたいと願う人は顔を、壊れた恋を修復したい人は背中を、ダイエットして出直したい人はお腹を、また、パートナーの浮気癖をやめさせたい人はお尻をなでるように、とある。
「2回以上なでるとご利益が薄れる」そうだが、猫たちの顔を改めて拝見すると、数十年にわたって相当なでまわされたようで、いささかお疲れ気味な感じがするけれど。
”邸宅”を構える老舗の看板猫
銀座の路地裏を歩くと、まち猫の多さに驚く。ランチタイムが終わるころ、老舗料理店の勝手口には、その周辺を縄張りにしているとおぼしき猫がのそりのそりとやって来る。毛並みはつやつや、人を警戒する風もない。
店の看板娘ならぬ看板猫も街中で元気に生息している。
焼け野原同然だった終戦直後にオープンし、近くの読売新聞記者たちも贔屓にした銀座2丁目のコーヒー店「ニューキャッスル」には「ポンちゃん」がいる。7丁目の「そば所よし田」には、店の入り口脇に“邸宅”を構える野良出身の「クロティー」がいる。
たいてい店の周囲を徘徊しているところに出会うのだが、撮影した日は気温33度の炎天下。どこかに避難していたらしく、お姿をキャッチすることができなかった。
「銀座は猫にとってとても暮らしやすい場所だと思いますよ」。7丁目で猫専門のギャラリー「ボザール・ミュー」を経営する宮地延江さんは実感を込めていう。
猫の国“イタリニャ”の美術展
そんな猫天国の銀座で、ちょっと面白い催しが開かれている。
作家の小池真理子さんらの愛猫肖像画で知られる猫絵師の
「メラノ美術館」は、猫好きが集まって独立した小国イタリニャの美術館で、猫を主題に描かれた海外収集では世界一なのだとか。今回は36点が出品されている。
そう、猫好きな目羅さんが「とにかく猫を描きたいがためにゴッホやフェルメール、ルノアールなどの名画を借景にした」パロディー画である。立体的で油絵風だが、すべて色鉛筆での手描きなのだそうだ。
天使好きな私は、ニャファエロ・サンツィオ作「今夜のおかずは何かな?」が気に入った。天使たちもお茶目だが、その間からひょっこり顔をのぞかせている猫のいたずらっぽい目は一度見たら忘れられない。
同美術館長ケンジーノ・メラーノ氏の解説によれば、「神の御使い、天使は結構忙しい。働けば当然お腹も空く。今夜は何を食べようかな?と思ったりもして、雲の形が食べ物に見えくる。それが魚に見えたりしたら、もう頭の中は魚でいっぱいに」……。
そうこうしているうちに、ああ、私の頭の中でもおかずになりそうな魚たちが泳ぎ出したりして。
公立図書館の司書だった目羅さんは、プランタン銀座恒例の「ねこ展」で猫専門のギャラリー「ボザール・ミュー」の存在を知って作品を持ち込み、絵師に転進。猫専門に描いたり教えたりして十数年になる。
「猫のもつ神秘性にどんどん惹かれて、創作意欲がかきたてられますね」
さて、こちらは残念ながら終わってしまったが、銀座2丁目の伊東屋ギャラリーでは、ニューヨークでの猫たちとの暮らしを画題にする久下貴史さんの個展が19日まで開かれていた。私は、久下さんが描く、翼をつけて風のように飛んでいく天使猫が好きだ。
今回の個展は趣が変わっていて、いつものポップな猫絵暦のほかに、猫に姿を借りた源氏の君や紫の上が、平安の源氏絵巻をつづっていた。雅な、そして凛とした猫たちの表情が見逃せない。
ちなみに、久下さんの作品集や猫絵暦のカレンダーなどは公式サイト「マンハッタナーズ」から購入できる。
猫って、ぐうたらで、わがままで、空気も読まずに周りをきりきり舞いさせるくせに、なぜかちゃっかりかわいがられる存在ではありませんか? しかも、それが当然って素振りが、また小憎らしくもある。
いかなる場所でも自由に気ままに振る舞っている風は、心底うらやましく思うときが少なくない。
「ああ、私も猫になれたらなあ!」
「コイコリン」のごろべえの頭をなでつつ、銀座猫めぐりを終えた愛猫家の私は、はかなき願いを託すのであった。
(プランタン銀座取締役・永峰好美)