2009.07.10

21世紀の吟遊詩人たち

銀座の街角で人生を歌う

  • 「シャンソンは魂のルネサンス」という長坂玲さん

 運転手と花売り娘の恋の哀歓を描いたルネ・クレール監督の映画「巴里祭」が日本で公開されたのは、1933年(昭和8年)。原題は、フランス革命記念日の「QUATORZE JUILLET(キャトルズ・ジュイエ)=7月14日」。

 なんとなく華やいだイメージの日本語タイトル効果もあって、観客は大入り。以来、日本ではこの日を「パリ祭」と呼んで楽しむようになった。

 ただし、「フランス人に『パリ祭』といっても通じませんよ」と、パリの友人から指摘されたことがある。

 フランスで7月14日というとすぐに思い浮かぶのが、1789年のフランス革命の発端となったバスティーユ監獄襲撃の日。1年後の1790年7月14日が建国記念日である。今でこそシャンゼリゼ通りのパレードや夜空の花火など、お祭り騒ぎになっているが、ルーツをたどれば、国民の間に多くの犠牲者を出した暗い過去を持つ祝日なのだ。

 外国の革命記念日を祝うこと自体あまり例のないことかもしれないが、それだけ日本人のフランスへのあこがれが強かったのだろう。そして現在も、7月14日が近づくと、日本のあちらこちらで、大小様々な規模のシャンソンコンサートが開かれている。

 東京・銀座では、7月12日からの3日間、「銀座シャンソンうた祭」が開催される。日仏交流150周年を記念した昨年に続いて今年で2回目。

  • 昨年の第1回「銀座シャンソンうた祭」。歌っているのが長坂さん

 初日の12日午後1時からは、プランタン銀座正面口の特設ステージで、プロ・アマにかかわらずテープ審査を通った歌い手10人が自慢ののどを披露する。

 シャンソンは、13世紀ごろ、街角で民衆の心や思想を語る吟遊詩人に始まるといわれる。21世紀の吟遊詩人たちもまた、銀座の街角のこのオープンスペースで、一人ひとりの人生の喜怒哀楽を、歌詞にそしてメロディーにと重ねていくのだ。希望、哀しみ、人間愛、情熱。聴く側もそれぞれに、しばし自分の人生を振り返り、拍手で感動を伝える。

 「愛の讃歌」「オー・シャンゼリゼ」「人生は過ぎゆく」……。どこかで耳にしたことのあるメロディーが、7月14日には銀座の街角に流れることだろう。

シャンソンは魂のルネサンス

  • 「銀座シャンソニエ マダムREI窓」の店内からカウンターを臨んで

 「銀座シャンソンうた祭」を企画したのは、銀座8丁目で「銀座シャンソニエ マダムREI窓」を経営する長坂玲さん。東京藝術大学でクラシックを学び、ベルギー王立音楽院オペラ科を首席で卒業。欧州で8年間歌手活動をしたが、銀座で飲食業を営む父親の急逝で帰国、生活を考え、シャンソン歌手に転向した。

 フランス語でシャンソンを歌い、フランス語で生徒を教えることができる貴重な日本人のプロ歌手だ。

 「がむしゃらに突き進んだ若い時と違って、人生の泣き笑いを知り、今日も楽しく前向きに生きていることに素直にありがとうっていえるようになった。年を重ねると、シャンソンにはまる人、多いんですよ」という。「シャンソンは魂のルネサンス」が、長坂さんの持論である。

 ちなみに、「銀座シャンソンうた祭」の後半2日間、13日と14日の午後は、「銀座シャンソニエ マダムREI窓」が舞台になる。

本場フランスにシャンソンを再発信

  • 「銀座からシャンソンの伝統を再発信したい」と語る伊藤雅治さん

 そもそも銀座には、シャンソンの伝統があった。中心になったのは、銀座7丁目、日本のシャンソン歌手の登竜門として知られ、美輪明宏や岸洋子、金子由香里らが活躍したシャンソン喫茶「銀巴里」。

 1954年の開店以来、フランスの文化の香りを伝える粋な場所だった。閉店して20年近くになるが、入り口のあった階段近くには「元銀巴里跡」の小さな石碑が建ち、シャンソンファンにとっての“聖地”になっている。最近は、中高年に限らず、若い層の間でもシャンソンへの関心が少しずつ広まっているとも聞く。

 長坂さんのシャンソン教室の生徒で、うた祭実行委員会委員長を務める伊藤雅治さんは、こんな抱負を語ってくれた。

  • 銀座並木通りを見下ろす

 「フランスの本場でも、シャンソンの伝統をどのように継承していくかが大きな課題と聞きます。フランスの文化的背景を理解しようと努めながら、フランスの言葉でシャンソンを学ぼうとする日本人が老若を問わずこんなにたくさんいるのって、すごくありませんか? 伝統文化と最新の流行とが交錯する街、銀座から、シャンソンの素晴らしさを改めて見直し、本場の若者たちに向けて再発信していきたいのです」

 ところで、この秋、「シネスイッチ銀座」などで公開されるフランス映画「幸せはシャンソニア劇場から」は、採算が取れずに閉館したパリ郊外のシャンソニア劇場に思いを寄せる人々が集まり、数々の苦難を乗り越えて歌声を復活させる物語。フランスで大ヒットした。

 舞台は1936年、ナチス・ドイツの軍靴の響きが日々高まり、暗い空気に包まれた時代である。そうした中でも、芸人魂に民衆は惜しみなく拍手を送り、素晴らしい職人芸に驚嘆する。映画は、シャンソンの旋律がこんなにも人々を輝かせるものなのかと、改めて教えてくれる。

 さて、大人の街、銀座では、シャンソンがどんなムーブメントを起こしてくれるだろうか。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

 ◆銀座シャンソニエ マダムREI窓

 http://chansonnier.chanson-tokyo.jp/

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)