2009.06.12

若女将、呉服の世界に新風

銀座の魅力を再発見し、改めて愛着

  • 「OLが自分で買える着物を」と、老舗の実家から独立して新しい店を開いた千谷美恵さん

 銀座8丁目の金春通りにある「伊勢由」は、創業明治元年(1868年)、百数十年の歴史をもつ老舗の呉服・和装小物店。

 5代目の若女将、千谷美恵さんに初めてお会いしたのは、3年ほど前になる。銀座の若手経営者が街の未来を語るといった会で、しっとりとした着物姿の紅一点の快活な語り口がひときわ輝いていたのを覚えている。

 立教大学在学中に米国の大学に交換留学の経験もある国際派。帰国して24歳の時、シティバンクに就職した。当時はバブル景気の真っ只中、男女雇用機会均等法の施行から数年が過ぎていたとはいえ、日本企業は“男並み”の仕事を任された総合職の女性たちを使いこなせずにいるのが実情だった。

 「『結婚しても辞めません!』って、ごく自然に言える職場環境を望んでいました。当時女性がばりばり自由に働けるのは外資系企業しかなかったんです。それに、なるべく大きな組織に入って、いろいろなことを経験したいという思いもありました」

 3姉妹の末っ子。家業を継ぐことは考えていなかったという。

 だが、転機はシティバンクに入社して約5年後にやって来る。銀座支店を立ち上げる仕事に関わることになり、それが実家の伊勢由の裏手にあたる場所だったのである。

 「支店で銀座のお客様に接していると、本当に様々な趣味を持ち、人生経験豊富な方がいらっしゃるなと実感しました。出身地も国籍もいろいろで、それがまた銀座全体の魅力にもつながっている。そう思うと、幼い時から親しんできた銀座に改めて愛着がわいてきた。そして、この銀座で商いを続けてきた店を父の代で終わらせてしまっていいものかとも考えるようになりました」

国際派キャリアウーマンからの転身

  • 好評のオリジナル「大福バッグ」

 31歳で銀座支店長に抜擢されたが、2年後、家業を継ぐ決心を固める。

 こうして飛び込んだ呉服の世界。当初は和装には親しんではいたが、自分で着ようと思うと、帯選びも着付けもお手上げだった。

 「ちょっと言い訳をさせていただければ、身の回りに着物のプロがいっぱいで。私が棒立ちのお人形さん状態でいると、ささっと上手にしかも心地よく着付けしてくれるわけでして……」

 それから、呉服の猛勉強を始めた。業界は予想していた以上に男社会。作る人も仕立てる人も男性が中心で、「ボクつくる人、ワタシ着る人」の性別役割分業が色濃く残っていた。着物の反物はずしりと重く、力仕事も少なくない。

 ベテラン図案師にも男性が多く、女性の目から「こんなデザインが欲しい」と提案しても、「そんな面倒なことを言うならできない!」と、ぴしゃりと断られたこともたびたび。それで引き下がってはいられない。職人の、また男性のプライドを傷つけないように配慮しながらも粘って粘ってようやく熱意が通じ、納得の一枚が出来上がった時のことは忘れられない。

 そしていま、若女将10年目を迎えた千谷さんの新たな挑戦が始まった。4月初め、独立して、銀座6丁目のビルに新店舗を設けたのである。

 「OLが自分のお金で買える着物を」というコンセプトで、3万円台から反物が揃う。中心価格は10万円前後。着物を初めて着る人から、いつも愛用しているけれどカジュアルで気楽に着られるタイプを探しているという人まで、幅広い層を対象にしている。

 この思い切った独立には銀座の若旦那衆も注目しているらしい。

お客様とともに和装を楽しむ

  • 夏らしい籐バッグと涼しげな白の楊柳バッグ。カジュアルな和装に似合いそう

 「洋服感覚で着たり、レンタルや中古を利用したりと、着物普及のためにいろいろな試みがあるけれど、寸法をきちんと測ってオーダーする着物がリーズナブルな価格で買えるのであれば、若い人たちも見方が変わってくるのではないでしょうか」

 価格を抑えるために帯の図柄など様々な工夫もした。「本物の呉服を広めるために」と独り立ちした千谷さんの気持ちを汲んで、父親の代から付き合いのある職人たちも、そこまで決心したのであればと、協力を惜しまない。

 千谷さんが編み出す和装は、大ぶりのハートやダイヤなどポップで斬新なデザインや、パープルにイエロー、ブルーにピンクなど、大胆な組み合わせも楽しい。オリジナルの小物デザインも得意で、レーヨンチリメンを使った「大福バッグ」が好評だ。

 「お客様を思い浮かべて、あの方ならこんなのがお似合いだなって、イメージを職人に伝えます。実際に店頭に並べた時、お客様にすっと手に取っていただければ、これ以上の呉服屋冥利はありません」

 もう一つ、力を注いでいるのが、骨董、長唄三味線、能、香道など、その道の達人を招いて話を聞く日本の伝統文化を学ぶ講座。

 「国際金融の職場に身を置いてきて、逆に自分が日本人であること、日本文化の奥の深さを強く意識するようになりました。たとえば、お茶席の主人の客人への細かな気遣いなど着物をお勧めする時にも役に立ちます」

 それに、「着物を着ると、ラッキーなこともありますよ。ビアホールで行列に並んでいると裏口からそっと入れてくれたり、ファストフード店ではコーヒーを席まで運んでくれたり。皆やさしくしてくれます。うふふ」

 着物を通して、一人でも多くの人の人生を輝かせたい――そんな思いを抱きながら、銀座に新風を吹き込み続ける。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

 ◆銀座いせよし

 東京都中央区銀座6-4-8 曽根ビル3階 電話03-6228-5875

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)