2009.04.10

ホテル滞在客に旅館女将のもてなし

ノーとは言わないバトラー・執事

  • ホテル西洋銀座の伝説のヘッドバトラー、安達実さん(右)

 東京・銀座には、「伝説の達人」と呼ばれる人が何人かいる。小型で閑静な「スモール・ラグジュアリーホテル」として知られる「ホテル西洋銀座」のヘッドバトラー、安達実さん(47)もその一人だ。

 バトラーとは日本語に訳せば執事のこと。英国貴族に仕えた執事のように、滞在中のお客様のあらゆる要求や質問に「ノー」と言わずに応える。そのサービスは、チェックイン後の荷ほどき、客室での給仕、靴磨きや洗濯の手配などの身の回りの世話から、仕事上の秘書役までと幅広い。

 バトラーサービスは世界でも最高級とされるホテルで提供されているが、同ホテルのように77室すべての客室を対象にしているのは珍しく、日本ではここだけという。米国ローズウッドホテル&リゾーツグループの運営になった翌年の2001年から導入している。

  • 「スモール・ラグジュアリーホテル」をうたうホテルの入り口付近

 銀座の宵をぶらりと散歩するイベントに参加して、安達さんの伝説の仕事ぶりについてうかがう機会があった。

 同ホテルには現在20人ほどのバトラーがいる。安達さんはそのトップに立ち、様々なサービスを統括している。

 「庭に咲いた花を摘んで生けたり、その土地の産物を生かしたサービスを工夫したり。日本という国柄に合わせ、日本旅館の女将さんや仲居さんが提供するような、細やかかつ奥ゆかしくさりげないサービスを心がけています」と安達さん。

 燕尾服のユニフォームにあこがれて就職する若者もいるらしいが、「バトラーの仕事は8割が裏方の地味な仕事。お客様がいらっしゃらないところでのサービスも大切」なのだそうだ。

寝癖を察し、ベッドメーク

  • 部屋でのお茶のサービスはバトラーの基本の仕事

 使用された枕の数や位置で寝癖を察知し、その夜のベッドメークを変える。「ゆっくり眠っていらっしゃるお客様の幸福そうな寝顔を想像しながら考えます」

 部屋の雰囲気から読書家であることが推測できればスタンドの追加はもちろん、電球のワット数を変えることも。愛煙家とわかれば大きめの灰皿を用意する。洋服や持ち物から好みの色を察して部屋に飾る花を変える。ゴミ箱が机の下からベッドの脇に移動していたら、お客様の使い勝手に合わせて、清掃後もその場所に置く。メモに残し、次回の滞在時も同じ位置に置く。ご高齢のお客様のためには、ナイトメークの時にフロアマットをバスルームの床に敷き詰めて、滑らないようにと気を配る。

  • 枕の位置でお客様の寝癖を察知する

 「たとえ出掛けられた後でも、お客様があたかもその室内でくつろいでいらっしゃる状態や雰囲気を想像し、空間を素早く読み取って、必要なものを提供するのが上質なサービスといえるのではないでしょうか」

 お気に入りのグッズは、どこに泊まる時でもそばに置いて使いたいものだ。特に、海外に旅した時には実感する。常連客の場合、バスタイムの軽石、ハーブティーを飲むマイカップ、好みの色の靴墨、朝の健康スペシャルドリンクのレシピなど、ホテルでキープしておくことも。

 さらに、常連客や長期滞在客の「いつものマイ・ブレックファストを7時にお願い」というリクエストがあれば、卵のゆで時間からトーストに塗るジャムの好みまであらかじめ把握しておいて対応する。

 耳の不自由なご夫妻が宿泊の際には、バトラーが部屋の前に到着したことを知らせる札をロープでドアノブとつないで室内にセットして、札の動きでご夫妻が気づかれるように工夫したそうだ。基本的なサービスの会話集を特別に作り、ご夫妻からは指差しで指示を受けたという。

お客様の「ただいま」がうれしい

  • 好みの靴墨をキープしている常連客もいる

 同ホテルの地下にあるイタリア料理店のサービスからスタートした安達さんのホテルマン人生も、今年で22年。

 「江戸っ子の私は、番頭さんのようなバトラーですから、親しいお客様との距離感はどんどん短くさせていただいております。『アダっちゃん、ただいま!』という呼び掛けが、最高にうれしいですね」

 近著「いつまでも心に残るサービスの実践」(同文舘出版)に、好きな言葉を寄せていただいた。

 「一意専心」――。「好きで志した接客という仕事を徹底的にやり通す。そして、最後までこのホテルで働き続ける。四文字には、そんな二つの意味を込めました」

 「お客様の中にも頼み上手な方っていらっしゃるんですよね。ついついこちらが何かして差し上げたくなってしまうような……。そういう方はまた、さりげなく感謝の気持ちを伝えるのもお上手です」

 お客様の笑顔からたくさんのことを学びながら、日本人ならでの細やかなおもてなしをさらに極めていきたいという。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

Trackback(0) | Comment(0)

トラックバック(0)

このページのトラックバックURL
http://www.nagamine-yoshimi.com/mt/mt-tb.cgi/636

コメント(0)

新規にコメントを投稿する
※当ブログに投稿いただいたコメントは、表示前に管理者の承認が必要になります。投稿後、承認されるまではコメントは表示されませんのでご了承下さい。
<コメント投稿用フォーム>
(スタイル用のHTMLタグを使えます)
ニックネーム
メールアドレス
URL
  上記の内容を保存しますか?
コメント内容
 

永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)