2009年4月アーカイブ

2009.04.17

銀座のナルニア国で童心に返る

子どもも大人も楽しめる1万2000冊

  • 書店「教文館」にある「子どもの本のみせ ナルニア国」の入り口

 古い屋敷にやって来た4人兄弟が、ある日大きな衣装ダンスにもぐり込むと、タンスの向こう側には雪の降り積もる別世界が続いていて、そこから大冒険物語が始まる……。幼いとき、英国の作家で神学者でもあったC・Sルイス作の「ナルニア国ものがたり」を夢中になって読んだ方は少なくないだろう。

 木の精や水の精、野山の神々や人間とコミュニケーションできるけものたちが、ともに仲良く暮らしている自由と平和のナルニア国は、子どもにとって格好の“空想遊び場”であった。

 そんな「ナルニア国」が、銀座にあることをご存知だろうか?

 銀座4丁目にある書店「教文館」は、明治の半ば、米国から日本宣教のために派遣されたメソジスト監督教会の宣教師たちによって、教会関係の出版物を流通させる場としてスタートした。

  • ロングセラーから新刊まで児童書でいっぱいの売場

 その教文館の中に、「子どもの本のみせ ナルニア国」というユニークな売場が誕生したのは10年前。名物社長の中村義治氏(当時)が「児童書売場をつくりたい」と長年温めてきた構想だった。

 フロアを何度か移転して、5年前、現在の6階に落ち着いた。アンティーク調のランプが灯る扉をくぐれば、そこは世代を超えてだれもがメルヘンと出会えるくつろぎの空間。ロングセラーから新刊まで、常時約1万2000冊が並ぶ。

 「対象となる本は赤ちゃんから高校生までとうたっていますが、もちろん、おとなの方が、贈り物に、また自分用にと買っていらっしゃる姿が目立ちます」と、店長の土屋智子さんはいう。

 一角に、「長くつ下のピッピ」や「名探偵カッレくん」「ドリトル先生アフリカゆき」といった懐かしい本を見つけて、私は躍り上がった。幼いころと同じ装丁の愛蔵版である。「長くつ下のピッピ」のページを繰りながら、小学4年生のころ、クラスの誕生会のため、この本をベースに初めて書いた脚本をぼんやり思い出した。

「ぞうさん」の詩人は100歳現役

  • 9階のホールで開かれている「まどさん100歳展」

 「ナルニア国」10周年を記念して、注目の展示がある。9階ウェンライトホールで開かれている、「ぞうさんの詩人 まどさん100歳展」(5月6日まで、入場料800円)。

 童謡「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」などで知られる詩人のまど・みちおさんは、今年11月に100歳を迎えられる。今も現役の詩人として創作を続けておられ、「100歳詩集」の出版も計画されているそうだ。

 まどさんの100歳年表をはじめ、絵画や直筆の未発表詩39編など、盛りだくさんの企画である。

 1934年(昭和9年)、25歳のときに児童詩の北原白秋選の詩壇に投稿し、特選になったことから詩の世界に入った。ただし、創作に専念したのは50歳近くになってからで、初詩集の出版は59歳のときである。

 94年、84歳で、日本人として初めて児童文学のノーベル賞といわれる国際アンデルセン賞作家賞を受賞している。また、92年、1200編の詩業を集大成した「まど・みちお全詩集」(理論社)は現在までに4万部を超えるなど、熱烈なファンが多い。

 ぞうさん

 ぞうさん

 おはなが ながいのね

 そうよ

 かあさんも ながいのよ

  • まどさんの絵や直筆の未発表詩も展示されている

 だれもが口ずさめる童謡「ぞうさん」の詩ができたのは、戦後まもなく1948年の春のころらしい。詩人の阪田寛夫さんは著書「まどさん」に、まどさんご本人から聞いたこの詩の解釈を記している。

 「一番好きなかあさんも長いのよと誇りを持って言えるのは、ゾウがゾウとして生かされていることがすばらしいと思っているから」

 自分が自分として生まれてきたことの素晴らしさ、そして、今ここに生かされていることへの感謝の気持ち。まどさんの詩は、そうした生命へのやさしいまなざしにあふれているといっていい。

 子どもに向ける視線の温かさも忘れられない。92歳のとき、読売新聞紙上で、ヨミウリ・ジュニアプレスの中高生記者に語っている言葉が印象的だ。

 「子どもたちを見ると、自分の身代わりのように感じ、いとおしさとともにしっかりやってほしいという気持ちがわいてくる。皆さんは日本の子どもである前に、地球の、さらに宇宙の子どもです。私はあらゆるものは、自然の力や神の意思で生かされていることを感じながら、これからも詩を書いていきます」

 今回の展示では、まどさんの詩の朗読の記録映像も上映されている。国際アンデルセン賞を受賞したときのインタビューでは、今後の詩作に関してこう語っている。

 「まもなく85歳。私は激減した自分の脳細胞に絶望もしない。逆にそれによってどれほどの仕事が可能か興味津々なのである。自分を実験台にして面白がりながら、しかし懸命に小さな地平を切り開くことを楽しみにしている」

 尽きぬ好奇心は、創作を続けるまどさんの一番の原動力なのだろう。

 今秋、まどさんは、どんな新作を発表するのだろうか。とても待ち遠しい。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

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2009.04.10

ホテル滞在客に旅館女将のもてなし

ノーとは言わないバトラー・執事

  • ホテル西洋銀座の伝説のヘッドバトラー、安達実さん(右)

 東京・銀座には、「伝説の達人」と呼ばれる人が何人かいる。小型で閑静な「スモール・ラグジュアリーホテル」として知られる「ホテル西洋銀座」のヘッドバトラー、安達実さん(47)もその一人だ。

 バトラーとは日本語に訳せば執事のこと。英国貴族に仕えた執事のように、滞在中のお客様のあらゆる要求や質問に「ノー」と言わずに応える。そのサービスは、チェックイン後の荷ほどき、客室での給仕、靴磨きや洗濯の手配などの身の回りの世話から、仕事上の秘書役までと幅広い。

 バトラーサービスは世界でも最高級とされるホテルで提供されているが、同ホテルのように77室すべての客室を対象にしているのは珍しく、日本ではここだけという。米国ローズウッドホテル&リゾーツグループの運営になった翌年の2001年から導入している。

  • 「スモール・ラグジュアリーホテル」をうたうホテルの入り口付近

 銀座の宵をぶらりと散歩するイベントに参加して、安達さんの伝説の仕事ぶりについてうかがう機会があった。

 同ホテルには現在20人ほどのバトラーがいる。安達さんはそのトップに立ち、様々なサービスを統括している。

 「庭に咲いた花を摘んで生けたり、その土地の産物を生かしたサービスを工夫したり。日本という国柄に合わせ、日本旅館の女将さんや仲居さんが提供するような、細やかかつ奥ゆかしくさりげないサービスを心がけています」と安達さん。

 燕尾服のユニフォームにあこがれて就職する若者もいるらしいが、「バトラーの仕事は8割が裏方の地味な仕事。お客様がいらっしゃらないところでのサービスも大切」なのだそうだ。

寝癖を察し、ベッドメーク

  • 部屋でのお茶のサービスはバトラーの基本の仕事

 使用された枕の数や位置で寝癖を察知し、その夜のベッドメークを変える。「ゆっくり眠っていらっしゃるお客様の幸福そうな寝顔を想像しながら考えます」

 部屋の雰囲気から読書家であることが推測できればスタンドの追加はもちろん、電球のワット数を変えることも。愛煙家とわかれば大きめの灰皿を用意する。洋服や持ち物から好みの色を察して部屋に飾る花を変える。ゴミ箱が机の下からベッドの脇に移動していたら、お客様の使い勝手に合わせて、清掃後もその場所に置く。メモに残し、次回の滞在時も同じ位置に置く。ご高齢のお客様のためには、ナイトメークの時にフロアマットをバスルームの床に敷き詰めて、滑らないようにと気を配る。

  • 枕の位置でお客様の寝癖を察知する

 「たとえ出掛けられた後でも、お客様があたかもその室内でくつろいでいらっしゃる状態や雰囲気を想像し、空間を素早く読み取って、必要なものを提供するのが上質なサービスといえるのではないでしょうか」

 お気に入りのグッズは、どこに泊まる時でもそばに置いて使いたいものだ。特に、海外に旅した時には実感する。常連客の場合、バスタイムの軽石、ハーブティーを飲むマイカップ、好みの色の靴墨、朝の健康スペシャルドリンクのレシピなど、ホテルでキープしておくことも。

 さらに、常連客や長期滞在客の「いつものマイ・ブレックファストを7時にお願い」というリクエストがあれば、卵のゆで時間からトーストに塗るジャムの好みまであらかじめ把握しておいて対応する。

 耳の不自由なご夫妻が宿泊の際には、バトラーが部屋の前に到着したことを知らせる札をロープでドアノブとつないで室内にセットして、札の動きでご夫妻が気づかれるように工夫したそうだ。基本的なサービスの会話集を特別に作り、ご夫妻からは指差しで指示を受けたという。

お客様の「ただいま」がうれしい

  • 好みの靴墨をキープしている常連客もいる

 同ホテルの地下にあるイタリア料理店のサービスからスタートした安達さんのホテルマン人生も、今年で22年。

 「江戸っ子の私は、番頭さんのようなバトラーですから、親しいお客様との距離感はどんどん短くさせていただいております。『アダっちゃん、ただいま!』という呼び掛けが、最高にうれしいですね」

 近著「いつまでも心に残るサービスの実践」(同文舘出版)に、好きな言葉を寄せていただいた。

 「一意専心」――。「好きで志した接客という仕事を徹底的にやり通す。そして、最後までこのホテルで働き続ける。四文字には、そんな二つの意味を込めました」

 「お客様の中にも頼み上手な方っていらっしゃるんですよね。ついついこちらが何かして差し上げたくなってしまうような……。そういう方はまた、さりげなく感謝の気持ちを伝えるのもお上手です」

 お客様の笑顔からたくさんのことを学びながら、日本人ならでの細やかなおもてなしをさらに極めていきたいという。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

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2009.04.03

銀座はただ今、桜尽くし

お店で、路地裏で、再び愛でる桜花

  • 「いのち再生の桜」で装飾された銀座4丁目の宝童稲荷神社の周辺

 花曇り、花冷えが続き、今年は開花からちょっとゆとりをもって「桜の季節」を楽しむことができて、なんだかうれしい。

 東京・銀座では、今年初めて、「銀座で桜を咲かせましょう~GINZAKURA(銀桜)まつり」が開催されている(4月6日まで)。

 桜の花を美しく咲かせるためには、良好な生育環境を整え、剪定(せんてい)作業が特に大切だといわれる。剪定された桜の枝は本来捨てられてしまう運命にあるのだが、「GINZAKURAプロジェクト」では、この枝がもう一度輝ける場を提供しようと銀座の店舗が集まった。

 まさに「いのち再生の桜」である。

 今回使われた桜は、アカデミー賞受賞作として話題の映画「おくりびと」のロケ地、山形県鶴岡市のソメイヨシノ。桜の枝は、ビルの谷間の路地裏に鎮座する4丁目・宝童稲荷神社の鳥居周りをはじめ、店舗などのウィンドウディスプレイに使われ、元気に花を咲かせている。

  • 店頭では春気分を演出するワインが勢ぞろい(プランタン銀座で)

 プランタン銀座では3月中、桜マスや桜モンブランなど桜づくしのメニュープレートを注文された毎日先着10人のお客様に桜の枝をプレゼントした。今ごろはそれぞれのお客様の手元で、桜のいのちがよみがえっていることだろう。

 前回のこのコーナー「GINZA通信」で紹介したオーガニックなお宿「銀座吉水」では、女将の中川誼美さんが、桜の花を楽しんだ後の枝のリサイクルを考えている。「ご飯を炊くかまどの燃料としてはもちろん、サクラチップでサケやコンニャクなどの燻製(くんせい)を作ります」

 着物専門店の「銀座もとじ」では、燃料として使われた後、その灰を用いて桜染めをとの計画もあるようだ。

 桜は散っても、銀座のどこかで、また、銀座を訪れた人々の周りで、そのいのちはつながり、さらに輝きを増していく。

酒喰う樹を眺めワインを

  • 花見に用意したい私のおすすめ春ワイン4本

 さて、春の俳句に、「桜ほど酒(くら)ふ樹はなかりけり」とある。桜花を愛でるお供に、今年はすっきりしたタイプのワインはいかがだろうか。

 先日銀座で開いた「桜の季節を楽しむワイン会」で、参加者に好評だったワインをご紹介しよう。価格はいずれも1000円台~2000円台。

 1)アンリ・メールの「グラン・フローロン・ブリュット・ロゼ」

 スイス国境にあるジュラ山脈の(ふもと)に広がるワイン産地、フランス・ジュラのスパークリングワイン。淡いピンク色、繊細でやさしい泡立ちが春を感じさせてくれる。さわやかな辛口で、春野菜をたっぷり使ったオードブルなどに合わせたい。

 2)ヴィッラ・スパリーナの「モンテイ モンフェラート・キアレット・ビアンコ2007」

 丸っこいクリアなボトルが愛らしい。フレッシュで若々しい北イタリア・ピエモンテの白ワイン。ほんのり白い花の香りがする。品種はシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランに加えてドイツ系のミュラー・トゥルガウがアクセントになり、ボリューム感が出ている。魚のスモークなどがベストマッチ。

 3)シレーニの「セラーセレクション リースリング2006」

 ニュージーランド北東部の海岸地域、ホークスベイの白ワイン。国際コンクールでベストバリューワインにも選ばれた。シレーニは、ローマ神話に登場する酒の神バッカスの従者。なので、食事をよりおいしく演出してくれる。さっぱりと軽いが、レモンなど柑橘系の皮の酸味がほどよい。

 4)ドメーヌ・マズールの「コート・デュ・ローヌ カルト・マロン1996」

 花見弁当の肉類に合わせるには、柔らかなタンニンのフランス南部の赤ワインはいかが。生産者は、自らのワイン蔵でしっかり熟成させてから出荷していると評判が高い。甘い果実味とエレガントな酸味が絶妙なバランスをつくる。軽く冷やしてもおいしい。マロン(栗)色のラベルがポイントに。

花見の締めは甘味

  • リ・チーズの「チーズカラーさくら」(左)/ガトー・ド・ボワ イヤージュの「とろけるシブースト」(右)

 花見の締めには、やはり甘味だろうか。

 銀座木村屋総本店の名物「桜あんぱん」は、明治天皇が向島にある水戸藩下屋敷に花見で出掛けられた際に献上されたのが始まりとか。米と麹(こうじ)でパン生地を発酵させ、奈良・吉野山から取り寄せた八重桜の塩漬けを埋め込んだ。この季節ならではの味わいだ。

 私のおすすめは、リ・チーズの「チーズカラーさくら」。カラーという南アフリカ原産の花の形に見立てた生地を桜の葉でくるりとひと巻き。しっとりしたチーズクリームにさくらんぼのシロップ漬けと桜の花の塩漬けがトッピングされ、すこぶる美味。酸味としょっぱさで、新感覚の桜餅として味わえる。

 もう一品、ガトー・ド・ボワイヤージュの「とろけるシブースト・櫻」は見た目がとても華やか。クレーム・ブリュレと桜のクレーム・シブースト(カスタードクリームにメレンゲを合わせたもの)が重なり、間にフランボワーズペーストがサンドイッチされている。おすすめ2品の販売は、プランタン銀座地下2階で4月6日まで(ただし、シブーストは桜の季節が終わるころまで)。

 今年の花見も、私の場合、やはり「花より団子」で終わりそうだ。

 (プランタン銀座取締役・永峰好美)

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永峰好美のワインのある生活

<Profile> 永峰 好美 日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。プランタン銀座常務取締役を経て、読売新聞編集委員。『ソムリエ』誌で、「ワインビジネスを支える淑女たち」好評連載中。近著に『スペインワイン』(早川書房)